第23話 璃の気持ち

 アイスクリームのお店の前に立つ俺たち。


「いらっしゃい、カップルさんかい?」


 気さくな40歳半ばのおじさんがアイスクリーム屋を経営していた。接しやすい雰囲気に俺たちが緊張することはなかった。


 だが、おじさんの一言に横にいる璃が不機嫌な目つきが隠しきれず、話しかける。


「違うわ。見てわからないの?」


「お、そうかい……なんか、すまねぇな」


 驚きの表情を見せ、すかさず謝るおじさん。きっと奥さんとかに尻を引かれる対イプだろう。


「わかればいいのよ」


 強気な態度でカップルを否定する璃だが、まだ顔が少し赤い。

 

「さぁ、ご注文をどうぞ!!」


 メニュー表には何種類ものアイスクリームの味があった。


「アイスクリームってこんなに種類があるのね」


「う〜ん。璃は何頼む?」


「ちょっと待って、今考えるから……」


 かなり真剣に悩む璃の横姿はどこか、新鮮さを感じる。


 てか、こんな璃を見れるのは貴重かもしれない。それに、さっきからずっと、ニヤニヤと眺めるアイスクリームを営むおじさんが気になる。


「おじさん、このお店のおすすめはあるのか?」


「おすすめか?そうだな〜〜1番の売りは乳搾りのアイスクリームだな。俺個人としては、デラックス13種盛り合わせアイスGXだな」


「おっお〜〜」


 すごいインパクトのあるネーミングだな。しかも13種って多過ぎだろ。流石にこれ食べたら、夜ご飯が食べれない気がするけど……。


「それじゃあ、そのデラックス13種盛り合わせアイスGXをいただくわ」


「え!?」


「了解だ、そんでそちらの彼氏さんは?」


 その「彼氏」という言葉に反応し、おじさんに向けてギロリと睨みつけ、眉を細める。


「じょ、冗談だよ、ははははっ」


「俺は、じゃあ、売りの乳搾りのアイスクリームで」


「了解、じゃあ、そこら辺にあるベンチにでも座って、待っていてくれや」


 俺たちはアイスクリームが運ばれるまで、近くにあるベンチで待つことになった。


「よく、頼んだな、デラックス13種盛り合わせアイスGX」


「だって、気になるでしょ?」


 キョトンとした顔で、答える璃。きっと本当に気になって頼んだことが伝わってきた。


「まぁ、確かに気にはなるけど、全部食べられるか…」


「大丈夫よ。それに、半分こ、すれば大丈夫。けど、多分普通に食べれるわ」


「全部食う気満々かよ。まぁいいけど…」


 ほんの5分ほど、待っているとおじさんが俺たちが座っているベンチまでアイスを運んできてくれた。


「はい、デラックス13種盛り合わせアイスGXと乳搾りのアイスクリームだ」


「ありがとうございます」


 運ばれてきたアイスクリーム。乳搾りのアイスクリームは至って普通の見た目、真っ白でとても美味しそうだった。


 そしてデラックス13種盛り合わせアイスGXは、大きなカップに13種類のアイスの味が乗っかっていて、さらにその上にはデコレーションがされていた。


「お、大きいな」


「ええ、そうね」


「じゃあ、ごゆっくりな、お二人さん」


 ニヤニヤとした顔で去っていたったおじさん。勘違いされるのも困りもんだな。


 俺は璃の手に持つアイスと俺のアイスクリームの大きさを比較する。約2倍ほどの大きさだ。しかも、見た限りでは1キロとまでは言わないものの、そう思わせるほどの大きさ、インパクトがある。


 大きすぎないか?デラックス13種盛り合わせアイスGX……。


 璃がアイスをスプーンで掬い、口の中へ頬張ろうとすると、俺の目線に気づく。


「……奏馬くん、食べないの?」


「あ、いや、た、食べるよ」


 俺は頼んだアイスクリームを一口食べる。


「う、うまいな」


 口に広がるクリーミな甘さに、ちょうどいい具合の滑らかさに舌触り。


「お店の売りなだけあるな」


 気づけば、夢中で食べていた俺はすぐに完食していた。


「遅いわよ」


「ああ、ごめんってえぇぇぇぇぇ!?」


 隣をみるとさっきまでアイスで積み上がっていたカップの中身が空だった。


「もう、全部食べたの?」


「ええ、正直、少し心配だったけど、案外軽くいけたわ」


「そ、そうか。それはよかったな」


 聞いたことがある。女子に関わらずだが、別腹というものがあると、まさか今この現象こそがその別腹というものなのではないのか!!


 いや待て、別腹ってご飯を食べ終えた後にいうことが多い言葉だ。つまり、これは別腹とは言えない。つまり、これは…。


「さぁ、行くわよ、奏馬くん」


「そうだな」


 もしかして、璃って結構食えてしまうタイプなのかもしれない。


 その後、俺たちはいくつかのアトラクションに乗った。アクロバットももう一回乗り。気づけば、夜7時を回っていた。


「もう7時過ぎだし、最後は何乗ろっか」


「そうだな〜やっぱり、最後は観覧車だろ!!」


 俺はドヤ顔で決める。だって、遊園地の最後はといえば、観覧車だろ?昔、記事で見たことがあるんだ、間違いない。


 そんなドヤ顔をかます中、璃に目線を向けると、また顔が赤く、口元が緩んでいた。


「だ、大丈夫か?」


「あ、あ、え、ええ、だい、大丈夫よ」


 絶対に大丈夫じゃない気がするんだが……。ふ〜ん、やっぱりなんか今日の璃はなんかおかしい。


 いやそもそも会った瞬間からおかしかった。今までになく、かわいい態度や仕草、そしてたまに見せる過剰反応。てか、まずどうして俺と璃が擬似デートしているのかも不思議だ。


 だって、俺のイメージの璃なら絶対に断りそうだからだ。


「なぁ、璃一つ聞いていいか?」


「な、なに?」


 少し動揺している表情、目線も合わず、何やら気まずそうな雰囲気が漂う。


「なんで、俺と疑似とはいえ、デートをしてくれるんだ?」


 俺は回りくどい言い方せず、直接的な言葉で投げかける。

 

「………」


 少しの間。璃の口から……。


「そうね。もし、この気持ちを言葉にするなら、……かしら」


 と返ってくる。


「気晴らし?」


 暗い表情で告げる璃の姿、どこか遠くを見ているようだった。


「私は今まで勉強と運動以外したことがなかったの。毎日努力して、努力して、そうしないと、誰も認めてもらえないって…でも最近になって一つ気づいたことがあるの……」


「気づいたこと?」


「そう、それは人と話す楽しさよ…」


 その言葉に特別に意味はないと普通なら感じ取るだろう。人話すことなんて当たり前だし、それが楽しいと感じるのは至って普通のこと。


 だけど、北条璃は違った。


 普通のことが彼女にとっては普通ではなかったのだろう。だからこそ、きっとこの学園生活は新しいことだらけだったはずだ。


「いいか機会だと思ったの、今までの人と話すなんて、あまりしてこなかったから。だからこうして、奏馬くんと話していることが私にとっては楽しくて、とても貴重な体験…」


 隣で優しく微笑む璃はとても綺麗だった。そして俺はいま、一人の女性の成長している瞬間に立ち会えているのだ。それがとても嬉しくそして……。


 好ましいものだと思った。


 そう、今この瞬間にも北条璃という人間は成長しようと努力している。最初の入学した頃はとは違う。


 俺は嬉しいよ。璃が少しずつ成長していることに、やっぱり俺の目に狂いはなかったって、自信がもてる。


 ちゃんと、学校という舞台で成長してくれてありがとう。と俺はそう密かに思う。


「そうか…なら、学校でもそうやって愛想よくすればいいのに」


「それは無理、奏馬くんだって知っているでしょ。あの学校では実力と才能が全て、油断はできない、それにまだ私たちはこの学校の恐ろしさを知らない。ある程度は内容は聞いているのだけど、結局、この学校の試練は毎年わかっているから、参考にもならない」


「なるほど…」


「だから、あくまでここいる私はプライベートの私よ、学校は学校の私、そう切り替えていかないと、きっと生き残れないわ。それは奏馬くんだって知っているはずでしょ…」


「まぁ、確かに切り替えるのは大事だな」


「これは解答になっているかしら?」


「そうだな、まぁ納得のいく解答だった」


 俺は無意識に璃の頭をポンポンと軽く触れて……。


「100点だ」


 笑顔で返した。失礼がないように、答えてくれたことに、ありがとうという気持ちを込めて……。


「よし、じゃあ、最後に観覧車乗ろうか」


 そう言って俺は前を歩き出し、その後ろをついてく璃。


 その時の璃の頬は少し赤かった。けど、一瞬、ほんの一瞬しか見えなかったけど、少し笑っていた気がした。


 そして俺たちは、観覧車に乗るのであった。

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