第22話 北条が可愛すぎる件について

 時間が過ぎるのは早いものだ。気づけば、もう金曜日、明日が楽しみすぎる俺は、心がウキウキで心臓の鼓動が早く打ちつけていた。


「全く、俺らしくないな…」


 こんなに心が躍ることなんて、人生で一度もなかった。だからこそ、今この瞬間も新鮮で楽しく感じられる。


「それにしても、一体誰が来るんだ?杏奈が言うには、俺が知っている人らしいけど、詳しく聞いておくべきだったかな」


 こうしてしばらく待っていると、周りの人集ひとだかりが少し騒がしくなってきた。その人の集団は次第にある方向へと集まり、それは徐々にこちらに近づいてくる。


「な、なんだ…あれ、てかこっちに近づいてきてないか…」


 これだけ人が集まっているってことは、どこかの俳優か女優、芸能人でもいるのかもしれない。けど、今日はタイミングが悪い。早く、収まってくれるといいけど。


 しかし、人集りはどんどん大きくそして、近づいてくる。


「おいおい、待て待て、どんどんこっちに近づいてきてるんだけど…」


 流石に一回離れた方がいいか?でも、ここで待ち合わせしてるんだよな。けど…う〜ん。どうしよう。この場合、どう判断すればいいんだ?


 奏馬があたふたしていると、大きな人集りの中から一人の女の子がポンっと姿を見せる。


 白のワンピースに人だかりを抜けたからか、少し乱れてはいるがそれでも綺麗な黒髪、少しだけ目つきが鋭いけど、それがよりクールさを醸し出す綺麗な女性。


「………って、北条!?」


「全く、見せ物じゃないのよ……あ、赤木くん、待たせてごめんなさい」


 人集りから顔を出し、俺を見つけると、ちょっぴり笑いながら、謝った。


 これは、すごい破壊力だ。いつもの北条さんは、クールだが、愛想がなく、いつも固い表情をしている、言うなれば、俺と同類。人生で、満足な高校生活を送れないものの一人、そう思っていたが……。


「どうしたの?赤木くん、もしかして何かついている?」


 北条は髪を摘んだり、腰をフリフリしながら、白いワンピースに何かついていないかを確認する仕草を見せる。


 これが北条の本気!!北条の本性なのか!?っと冗談はここまでにして、本当になんで、よりにもよって、北条なんだ。


「一様、聞くが、なんでここにいるんだ?」


「それはもちろん、疑似デートするためよ」


 はっきりと口にした。


「なるほど、一様デートである認識はあると…」


「当たり前よ、この服装を見てわからない?」


 クルッと一回転しながら、正面に来た瞬間にニコッと笑う。服装全体を見せる姿もまさしく美女。


 するとせっかく抜け出した北条を人集りがそれに気づき、こちらを冷たい目線で見つめる。


「と、とりあえず、一旦ここから離れよう」


「そうね、ここだと、どうしても目立っちゃうしね」


 俺と北条はとりあえず、遊園地に入園し、物静かな場所を探した。すると影に隠れたベンチを見つけ、そこに座る。


「はぁ〜〜」


「ため息なんて、するものじゃないでしょ。それより、私の服を見て感想のひとつもないわけ?」


「そうだな、似合ってるよ、似合っているけど……」


「なに?」


「北条のその、笑顔が怖いです」


「あっ、そうね。いつもはキリッとしているものね」


 北条の笑顔を見るだけで心臓が飛び跳ねそうになるのはどうにかした方がいいのだろうか。でも可愛いのは確かだ。周りの反応がそれを証明している。


「あまり、可愛くなかったかもしれないわ」


「いやいや、そんなことないよ!!ただ、俺が単純に北条の笑顔になれてないだけで…」


「そう、なら、この笑顔でいくわ」


 北条が満遍な笑顔でこちらを見つめてきた。


 そんな可愛い笑顔を見た俺は、心臓が痛くなる。これは悪魔的な可愛さ。これは俺に耐性がないのが悪いのかな。


「そんな反応されると、楽しくなっちゃう……」


 可愛い笑顔が急に小悪魔のような笑顔へと変貌する。だがそれもそれで可愛い!!


 はぁ!?落ち着け、こんなところで心を乱していたら、明日が持たない。と、とりあえず、深呼吸だ。


「フゥゥゥぅぅぅ〜〜フゥゥゥぅぅ〜〜」


「赤木くん、みっともないわよ」


「ぐさっ!?だ、だよな〜〜」


「今日は疑似デートよ、時間も限られているし、そんなに意識なんてしてたら、疑似デートをする意味もなくなるわ。あくまで冷静に合理的によ…」


「た、確かに。たまにはいいこと言うのな」


「やかましいわよ」


 まさか、北条に励まされるとは思わなかった。けど北条の言うことには筋が通っている。


 そうだ、こんなに意識なんてしていたら、疑似デートの意味がない。あくまで自然体に、そうだ。学校にいる俺を、いや、昔の俺を思い出せ!!


「ふぅ〜〜落ち着いた」


「そう、ならよかったわ」


 すると北条はペンチから立ち上がり、白いワンピースがふわりと、そして手を俺に差し伸べ、にっこりとした北条がみせる最高の笑顔で……。


「楽しむよ、奏馬くん!」


「ああ、そうだな、璃」


 俺は差し伸べられた手を掴み、一歩を踏み出した。


「とはいえ、ここって8時に閉まるんだよな」


「……時間がそんなに問題なの?」


「いや、夜ご飯とか食べるかなって…」


「確かに、……そうね。夜ご飯の時間も考えると、あんまり遊ぶ時間がないわね」


「と、とりあえず、あれ乗らない?」


 俺が指差したアトラクションはアクロバットだ。実は俺、絶叫系というアトラクションに乗ったことがほとんどなく、一回でいいから乗ってみたいという願望があった。


「いいわよ。乗りましょう」


 正直、少しわがままだったかなと思っていたが、北条のみると瞳をキラキラと輝かせていた。ウキウキとした表情はまるで1匹の子犬のようで、かわいかった。


 そのままアクロバットのアトラクションに並び、出番が来るまで雑談を楽しんだ。北条とはプライベートの話をしたことがなかったからすごく新鮮で不思議な感覚だった。


 そして気づけば、俺たちの出番が回ってくる。


「お客さま、しっかりと、レバーを下ろし、取手のある部分をしっかりと両手で掴んでください。じゃないと落ちて死にます」


 俺たち含め、お客さんたちが「え!?」っとリアクションをしながらも、指示に従う。そしてついに準備が整った。


「それではみなさん、新しい新鮮な体験をお楽しみください」


 その一言ともにアクロバットが動き出す。


 ドコンっと音とともに、ゆっくりと前へと進み、ジョットコースターと同じように、上へゆっくりと進む。少しずつ上に上がっているのを振動から全身へと感じることでより実感できる。


 緊張する。けど同時にワクワクする気持ちも湧き上がってくる。少しずつ高さが上がっていく中、同時に上から見下ろせる風景。


「………」


 こんな風景はなかなか見えない。それに普通のジェットコースターとは違う、このうつ伏せの姿勢。これこそがこのアトラクション、「アクロバット」の醍醐味。


「やばい、やばい、やばい」


 ついに頂上へと到達する。そして、そこから一気に急降下し、体が一瞬、浮く感覚に襲われる。ジェットコースターとはまた違う感覚、風を顔全体に受け、髪が荒れる中、再び、降下する力で上に上がる。


 そしてまた、急降下……。


「す、すげぇぇぇぇぇぇ〜〜〜」


 それを何度も繰り返し、気づけば、アクロバットのスピードが落ち着き出発した地点まで戻っていた。


「みなさん、お疲れ様でした」


 みんな、楽しそうな満足した笑顔で降りていく。活気あふれた空間、その中に俺も含まれていた。


「たのしかったぁ〜〜」


 大満足だった。うつ伏せ姿勢からのあの滑走感、実に素晴らしかった。


「璃はどうだった?」


 すると、璃は瞳を輝かせていた。どうやら、満足しているようだ。


「奏馬くん、すごくよかった。あれはなかなか新鮮感覚で、少しクセになるわ」


「だよな。やっぱり、あのうつ伏せ姿勢が効いてるのかもな」


「ええ、さらにそれだけじゃないわ、普通のジェットコースターはただ座っているだけだけど、アクロバットはうつ伏せ、この姿勢の違いにより、急降下するときの感覚が変わっていた。星5点を文句なしであげれるわ」


「お、おう…」


 細かい評価だが、これを一言で表すなら「満足」だろうな。実際に俺もそうだし、アクロバット、もしかしたら新しい時代が来るのかもしれない、知らんけど。


「って璃、ちょっと…」


「な、なに?」


 俺は璃の髪に触れる。


「なっ!?」


 すると璃から聞いたこともない声とともに、距離をあける。


「ちょ、動くなよ」


「な、何する気よ」


「いや、普通に髪が乱れたから、直そうかなと。せっかく綺麗な髪しているんだから、勿体無いだろう?」


 俺は平然と口にする。


 すると璃の頬が少し紅に染まる、そんな顔を隠そうと目線を逸らした。


「ど、どうした?」


「な、なんでもないわ」


「少し顔が赤いけど…」


「ちょっと顔が熱くなっただけだから、大丈夫だから!!」


「そ、そうか、で、でも髪ぐらい直した方が…」


 すると手早く、手鏡を開き、素早く髪を治す。何か焦っている様子だったが、俺は特に気にしなかった。


「これでいいでしょ」


「あ、うん」


 なぜか、少し変な空気になった。そんな空気を壊そうと俺は口を開く。


「よ、よし!!じゃあ、次はどうしようか」


「え、ええ、そうね」

 

 まだ少し顔が赤いけど、大丈夫かな?まぁ璃が大丈夫って言ってたし、深追いは良くないよな。それより、もっと楽しむことを考えよう。そう余計なことは考えない。


「少し、軽食でも食べるか」


「け、軽食?」


「そう、たとえば、あそこ!!」


 俺はあるお店を指差した。それはポツンと立てれたアイスクリーム屋。遊園地といえば、アイスクリーム、そんなことを聞いたことがあるようなないような。


「アイスクリーム?」


「そう、軽食にちょうどいいんじゃない?」


「けど、今はまだ5月よ?」


「え、アイスクリームに月日とか関係ないでしょ?」


「……確かにそうね。じゃあ、アイスクリームでも食べましょう」


 俺たちは隣で一緒に、アイスクリーム屋へ歩いた。


 

 




 

 

 

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