人それぞれの苛立ちの鎮め方

「なぜ……来ない」

 華やかなパーティー会場のただなかで、その青年は茫然としたままつぶやいた。

 先日、確かにドーラ宛に婚活パーティーの招待状を送ったはずである。


 配下に調べさせた限り、彼女の性格からすれば来ないはずもないのだが、今日のパーティーの参加者の中にその姿はなかった。

 苛立ちのあまり、テーブルの上に飾られた真っ赤な薔薇を一輪引きちぎる。


「……痛い」

 処理が甘かった薔薇は、残されていた棘をもって彼の指を傷つけた。

 ただそれだけのことが、なぜかこの上もなく腹ただしい。

 この気持ちをいかにして鎮めようか?


 そう考えた彼は参加者を見渡し、一人の銀髪に近い髪色をした女性に目をつけた。


 一時間後。

 彼はベッドの上でもう動かなくなった女性を見下ろし、満足げな表情で荒い息を突く。

 そして考える。

 我が愛しの君……ドーラ嬢をこの腕に抱くには、どうすればいいかについて。


 もう一度手紙を出しても同じ結果になりかねない。

 原因を探らなければ。


 そう考えた彼は、一人の男を呼び出した。

 執事のような衣装を身に着けた初老の男。

 とあるテロリスト集団の幹部である。


「ずいぶんとお急ぎのようですが、何かございましたかな?」


「やぁ、急に呼び出してすまないね。

 腕の立つ諜報員を至急準備してほしいんだ。

 相手がちょっと手強くてね……いざとなったら使い捨てに出来る奴が望ましい」


 そう言いながら奇妙な物を取り出す。

 まるで人の手のような形をしたソレを見て、執事風の男は顔をしかめた。


「それをこちらに向けないでいただきたい。

 信用を失いますぞ」


「あぁ、すまない。

 だが、捨て駒を作るならばコレが必要だと思ってね?」


 彼はその不気味なオブジェの先端……指にあたる部分を撫でながら、不気味な笑みを浮かべた。


**********


「せっまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

 あたしは、狭くなってしまった執務室に嫌気がさし、思わず立ち上がって吠え声をあげた。


「ドーラ、うるさい」

「ドーラちゃん、うるさいわぁ」


「何よ、狭いのは事実でしょ!

 マウロ兄はともかく、ステファニーちゃんは部屋が狭くなった原因の分際で文句言ってんじゃないわよ!」


 そう、あたしの執務室が狭くなったのは、マウロの付き人になったダーフィンと、そのダーフィンに付きまとうため勝手に自分の机をここに持ってきたステファニーちゃんのせいである。


 元々、あたしの執務室はそこまで広くはない。

 かわりに手前が秘書室になっていて、本来ならばそこにダーフィンとステファニーちゃんを持ってくればいいのだが……現在そこは物置と化していた。


「……マロウ兄」


「却下だ。

 あそこには必要なものが必要な場所に置いてある。

 よそに持って行くなんてとんでもない」


「もういい!

 ここにいると息が詰まるから、ちょっと散歩してくる!」


「ドーラ。

 散歩に行くならばある程度仕事を終わらせてからにしてくれ。

 具体的には、この書類の壁のここからここまでだな」


「それ、今日の定時までかかる奴じゃない!」


「急ぎの書類ばっかりなんだから仕方がないだろ。

 逆に、散歩なんかいったら今日は定時に帰れなくなるぞ?」


「うぐぅ……」


 この世界、定時に仕事が終わらないのは無能の印であり、恥である。

 騎士団の団長であるあたしが残業なんて、恥ずかしくて周囲に顔向けできない。


「手伝ってやろうか?」


「……いらない。

 一人で出来るもん」


「そうか」


 あー、もう、イライラする。

 散歩は諦めて、とりあえず気分転換にコーヒーでも淹れますか。


「コーヒー飲むけど、他に飲む人は?」


 すると、ダーフィン以外の全員が手をあげる。

 あたし、料理は呪いの儀式並みにヤバいと評判だけど、コーヒーを焙煎するのだけは得意なのよね。

 ……焙煎から先は他人にお任せだけど。


 前世では普通に料理できたはずなんだけど、なんでこうなっちゃうんだろ。

 設定の呪いって奴なのかな?


 そんな事を考えつつ、あたしは生豆の入った袋を破り、天秤で重さをはかってから鍋に放り込む。

 そしてヘラにプラーナを纏わせながら鍋をかき混ぜはじめた。

 なお、火は必要ない。


 プラーナとの反応で豆が熱を帯びはじめると、すぐに甘い匂いが漂い始める。

 フルーツを思わせる深みのある甘い匂い。

 あたしははこの焙煎の時の匂いがことのほか好きだった。


 ふぅ、気分が落ち着く。


「えっと、焙煎の具合の確認だけど、マウロ兄とステファニーちゃんは深煎り、ステファンとハロルドは浅煎りでよかったわよね?」


 コーヒー豆は煎りが浅いと酸味が強く、深いと苦味が増す。

 ちなみにあたしはやや深煎り派だ。

 酸味はわりと苦手だが、あまり深煎りにし過ぎると香りが飛んで豆の個性が消えてしまうため、匙加減がけっこう難しい。


 それぞれの焙煎が終わると、豆をミルに入れてガリガリと粉にする。

 ここまでがあたしの仕事だ。


 気が付くとマウロ兄がサーバーに布を置いており、あたしが粉にした豆をいれる。

 ここから先はあたしがやると大惨事になるので、マウロ兄にお任せだ。


 なお、うちのコーヒーの入れ方は、ネルドリップ式。

 作り手次第で味が変わる職人気質な飲み方だ。


 サーバーに上から円を描くようにお湯を入れると、焙煎後のコーヒーの香りが再び強くなる。

 今日の豆は、モカ・マタリに近い感じだ。

 個人的にはトラジャとマンダリンが好きなんだけどね。

 この世界だと、さすがに地球産の豆は手に入らない。


 全員分の珈琲を入れ終わると、自然な流れで休憩時間になった。

 そして話題はお互いの仕事の進捗状況。


「そう言えばさ、マウロ兄。

 呪物の専門家を手配する話はどうなったの?」


「国際呪物管理機構に連絡を取った。

すぐに腕利きを手配してくれるそうだ」


「ちなみに……マレ公の方の動きは?」


 それに応えたのはハロルドだった。


「相変わらずこの国に配下を放って何か探っているようですね。

 何を探っているかまではわかりませんが」


「そっか……まぁ、どうせロクでもない事だから、はやめに潰しておかないとね」


 ほんと、あの蛇男しばらく冬眠してくれないかな。

 できれば永久的に冬眠してほしいところだけど。


「あと、ステファン。

 ブルートはおとなしくしている?」


「今のところはおとなしいが、情婦を殺した下手人に対する復讐は諦めてないな」


「でしょうねぇ。

 ブルートの事だから、ぜーったいに諦めないわよぉ。

 とりあえず拉致にかかわった組織の連中は全員殺すわねぇ。

 次は私たちにバレない方法で」


 むかしブルートと同じ職場だったステファニーちゃんが言うならば間違いないわね。


「よし、休憩終わり!

 あ、マウロ兄。

 やっぱりここからここまでの書類手伝ってね!」


「それ、今日の仕事の予定全部じゃないかよ!」


「手伝ってくれたら、仕事の後でご飯食べに行こ。

 あたしのおごりでいいから!」


 その後、なぜかハロルドとステファンまで手伝いを表明し、あしの仕事はあっという間に消滅した。

 結果として……男三人にご飯をおごることとなり、ダーフィンからはなぜか生ぬるい目で見られたけれど、まぁ仕事がちゃんと定時に終わったんだからヨシとするか。

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そして贅沢な彼女の悩み 卯堂 成隆 @S_Udou

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