縁起の悪いネーミング

 前略。

 子猫を拾いました。

 可愛い男の子です。


「ぶぐぐぅぅぅぅ!」


 子猫という呼び名が気に食わないのか、ステファニーちゃんの膝の上から抗議の声が上がる。

 けど、子猫ちゃんは子猫ちゃんだから仕方がないじゃない。


「ドーラ、分かっているな?

 それは子猫ちゃんじゃなくて、12歳のガキだ。

 膝の上にのせて撫でまわすのは屈辱でしかないぞ」


「えー、でもしょうがないじゃない。

 可愛いんだから」


 そう、先日捕まえた凶悪犯の中に、とびっきりの逸材がいたのである。

 なんというか、金茶色の髪に緑の瞳で、同年代の男の事比べるとかなり小柄。

 しかも、髪を短く切りそろえていなければ女の子かと思うような顔立ちなのだ。


「俺だったら舌を噛んで死にたくなるような光景だな」


 膝の上で暴れる子猫ちゃんを見て、マウロが眉間に皺を寄せる。

 心なしかいつもより距離が遠い。


「大丈夫よ。

 ちゃんと舌を噛まないように布をかませてあるから」


 ……と思っていたら、プラーナを練って作った蜂が、こっそりと口を縛る布の結び目を緩めようとしていた。


「あらあら、ダメよ子猫ちゃーん。

 お口の部分がぁ、緩くなっちゃうじゃない」


 すかさずステファニーちゃんが蜂を指で潰し、結び目を締めなおす。

 子猫ちゃんの目に涙がにじんだ。


「頼にもよって"子猫ちゃんの刑"ですか。

 冗談みたいな名前と内容ですが、実際に見ていると背筋が寒いものを感じますね」


「人聞きが悪いわ、ハロルド。

 これはね、愛なの。

 愛を知らないがゆえに裏社会に入ってしまった少年に、愛を教えるという崇高な行動なのよ?」


「だからぁ、決してセクハラじゃないのよぉ」


「……語るに落ちたとはまさにこのことだな。

 お前ら、自分でもセクハラだってわかっててやってんじゃねーかよ」


 うぉ、今日はステファンまで口が悪い。

 というか、騎士団の男どもがドン引きしているので、これは早々にやめた方が良さそうである。


 でも、頭撫でると気持ちいいのよね。

 ほんと、癖が無くてサラサラの髪で。


 できれば可愛いワンビースも着せてあげたかったけど、マウロ兄からそれだけはやめてやれと強く反対されたのよね。


「そろそろ開放してやれ。

 さすがにこの光景は見ているだけで色々と精神的にクルものがある」


「ちぇー」


 マウロ兄がガチの目をしてそう言ってきたので、あたしはステファニーちゃんの背後に回り、首をキュッとやる。


「……ぐぇっ!?」

 そして意識がなくなったステファニーちゃんの膝から強制的に子猫ちゃんを取り上げた。


 こうしないと、彼女全力で抵抗するからね。

 まさか彼女がここまで病的な年下好きとは、今の今まで知らなかったわよ。


「それで?

 その子供をどうするつもりだドーラ。

 こいつはそれはどこぞの犯罪組織の鉄砲玉だぞ」


 なお、通り名は黄金蜂。

 その筋ではそれなりに名の通った暗殺者だったらしい。


「ウチで雇っちゃおうかと。

 まだ未成年だし、やろうと思えば更生出来るでしょ?

 なにより、情報部として使える人材が欲しいって前から言っていたのはマウロ兄じゃない」


「それは……確かにそうなんだが。

 更生ってのはな、本人にその気がなかったらできない事なんだぞ?

 周囲が押し付けたところで、根っこの部分は変わらない」


「じゃあ、その気にさせましょ。

 どうすればいいかはマウロ兄が考えてね?」


「お、お前なぁ!」


 いつものあたしの我儘に顔をしかめるマウロ兄だが、何かに気が付いて口を閉ざす。

 そしてしばらく考え込んだ後でこんな台詞を口にした。


「まぁ、ドーラに任せるよりはマシか」


「なにその言い方!

 すごいムカつく!!」


 それでもマウロ兄の言葉を否定できない程度には、あたしはあたしの事を理解している。

 人を育てるとか導くとかって、徹底的に向いてないのよね。


 とりあえず猿轡をしたままでは話ができないので、子猫ちゃんの口から布を外した。


「……で、お前の意思を聞こう。

 どうしたい?」


 マウロ兄が問いかけると、子猫ちゃんは死んだ目をしたまま感情のない声でつぶやく。


「……判らない。

 でも、ボスの所には戻れない。

 戻ったら殺される」


「じゃあ、どうすればいいかわかるまで家で働け。

 とりあえず、名前を教えてもらおうか。

 子猫ちゃんとは呼ばれたくないだろ」


「……黄金蜂。

 それ以外の名前もあったのかもしれないけど、俺は覚えてない。

 変な名前じゃなきゃ、好きに呼べよ」


 つまり、孤児か何かと言う事だろう。

 最悪、人さらいに遭った可能性もある。


「じゃあ、ダーフィンなんてどう?」


「へぇ、ドーラにしたらいい名前じゃないか」


 あたしにしてはってどういう意味よ……。

 まぁ、別にいいけど。


「じゃあ、お前は今日からダーフィンだ」


「……わかった」


 そっけない返事だが、少しだけ頬が緩んでいる。

 もしかしたらうれしいのかもしれない。


「ちなみに何か由来のある名前なのか?」


「うん、子供の頃にうちで飼っていたネコの名前」


 模様の薄い茶虎の男の子で、ある日あたしの家から逃げ出して、そのまま帰ってこなかった薄情者である。

 あ、ちょっと縁起の悪い名前だったかも?


「結局俺は猫扱いかよ!」


 ダーフィンは喜んで損したとばかりに肩を落とし、三人分の生ぬるいため息が仕事場に響く。


「……そんな事だと思いましたよ」


 喉の奥から絞り出したようなハロルドの感想に答えるのは、ステファニーちゃんの安らかな寝息だけだった。

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