拾われた子猫ちゃん

「うわぁ、なんだこりゃ?」


 無関係な人間が悲鳴を上げる。

 いきなり人が倒れれば、当然の反応だ。


 しかし、こんな目立つ場所で仕掛けるとか、どういう了見だ?

 殺し屋としては場所の選び方が雑過ぎる。

 よほど気づかれない事に自信があるのか、それとも……。


 いずれにせよ始末しなければならない相手だ。

 まず、その姿を確認させてもらおう。


 だが、ここで不用意に回りを見渡したりしない。

 そんな行動をとれば、逆にこっちが相手に目をつけられるだけだ。


 関わりになりたくない一般人のフリをして、さりげなく観察に適した場所に移動し、周囲のプラーナに対して意識を集中させる。


 少し離れたところにある巨大なプラーナはドーラのものだろう。

 普段はうっとりしながら鑑賞している代物だが、空の星を隠す太陽のように周囲のプラーナの反応を覆い隠すため、この場では非常に邪魔だ。


 それでもなんとか周囲の人間かのプラーナを判別し、プラーナの感じられない奴がいないかを探る。

 気配を殺そうとする人間からは、プラーナの反応がほとんど感じられなくなるからだ。

 一流の暗殺者ならば自分のプラーナを一般人に擬態することもたやすいが、二流以下ならばこの方法で検知できる。


 ――いた。

 プラーナをほぼ完全に断ち切ってしまっている三流が一人。

 右腕に蛇のような形をした緑色のプラーナが巻き付いている。


 獣法アニマリズム……祖霊信仰をベースにしたプラーナの使い方で、自らのプラーナを祖霊として崇めている動物の姿にし、その特性を与える方法だ。

 おそらくあれは毒蛇を模したもので、そのプラーナに触れた者に蛇毒と同じ効果を与えるのだろう。

 

 恐ろしい力だが、使い手がアレでは宝の持ち腐れだ。


 俺は左腕の袖をめくりあげ、そのに刻まれた雀蜂ホーネットの刺青を指でなぞる。

 そしてその刺青にプラーナを注ぎ、その刺青が実体をもって動き出すイメージをした。


 ほどなくして刺青は俺のプラーナの色である明るい黄色に輝き、まるで蛹から孵化するように雀蜂の形をしたプラーナの塊が生み出される。


「……行け」

 俺がそう命じると、プラーナで出来た蜂は命を吹き込まれたかのように動き出し、空を飛んだ。

 そして誰にも気づかれることなく蛇野郎の首筋にとまり、その針を突き立てた。


「ぐあぁぁぁぁっ!?」

 激痛のあまり悲鳴を上げて倒れる男。

 泡を吹き、手足を痙攣させて、ほどなくして動かなくなる。


 毒を使う暗殺者が毒で殺される気分はどうだ?

 そんな陰険な感情があふれ、しぜんと唇が吊り上がった。


 さて、他に暗殺者は?

 ドーラの巨大なプラーナの気配を追いかけながら、周囲を探る。

 だが、それらしい人物もプラーナも感じない


 よし、いよいよだ。


 見れば、おあつらえ向きにドーラが人通りの少ない路地に入ってゆく。

 これでもう邪魔する者はいない。

 俺は背後からドーラに忍び寄った。


 プラーナは使わない。

 この至近距離で蜂を使えば、確実に気づかれてしまう。

 だから、もっと原始的な方法を使うのだ。


 俺はふところから、薬物を塗った針を取り出した。

 この薬は呪物の研究者が独自の方法で作った、呪力ベースの痺れ薬だ。


 その中に込められた呪力により、かすりでもすれば大人の牛でも昏倒する。

 不意を突いてこの薬物を使えば、いかなドーラと言えど抵抗はできまい。


 こうしていざ実行してみると、不思議と出来るような気がしてくる。

 俺は気配を忍ばせ、ドーラに近づいた。


 一歩進む。

 まだ気づかれない。


 さらに進む。

 まだ気づかれていない。


 これは、いけるのか?

 そう思った瞬間、ドーラが振り向いた。


 その表情は、笑顔。

 しまった、今までの行動は全部演技か!?


 だが、ここまで来たらこのまま押し切ればいい

 薬の塗られた針を突き出し、その切っ先がドーラの肩をとらえた……儀の瞬間、俺は見えない何かに腕を抑えられる。


 動けない。

 まさか、配下の騎士たちが潜んでいた?

 しかし、騎士たちはこの手の隠密行動には慣れていないはずだ。


 まさか、青い悪魔?

 いや、違う。

 俺の腕をとらえているのは、蜘蛛の糸のような細い紫のプラーナだった。

 奴の青いプラーナとは別物である。

 

 つまり……まだ他にもドーラを狙う奴が残っていたのか?

 これは完全にしてやられたと言う事だ。

 奴は俺がドーラの動きを封じるまで、ずっとどこかでチャンスをうかがっていたに違いない。


 なんというう無念。

 だが、絶望のあまり頭が真っ白になっていた俺の前で、ドーラがその右手を伸ばしてきた。


 なぜ動ける!?

 呪われた毒薬が効かなかったというのか?


 動揺の余り、針の切っ先がわずかにズレる。

 すると、信じられないものが目に入ってきた。


「はぁ、なんてことしてくれるのよ。

 お気に入りの服に穴が開いちゃったじゃない!」


 針によって服に開けられた穴から、夕日のような真っ赤な光が漏れる。

 プラーナの鎧!?

 しかも肌着のように薄く、太さ2ミリ、長さ20センチの針の切っ先をはじく代物だ。


 爆風や火焔に性質が近く、ただでさえ形の制御の難しい赤のプラーナを固定して、しかもそれを服の下に入れておいて周囲に気づかせない?

 もはやどうやったらそんなことが出来るのか、さっぱりわからなかった。


「さて、これで終りね。

 はぁ……せっかくの合コンだったのに、最悪の気分だわ」


 そう告げながら、ドーラは俺の体を縛る糸に手を触れる。

 すると、紫の糸を伝って炎のように真っ赤なプラーナが走ってゆく。


「ぎゃあぁぁぁぁ!」


 突如、頭上から男の悲鳴が聞こえ、続いて何か大きなものが上から降ってきた。

 どうやら、最後の襲撃者は気配を完全に消したまま視界の通らない屋根の上を移動してきたらしい。

 道理で存在に気づかないわけだ。


 全ての襲撃者を始末すると、ドーラはその手に深紅の光の玉を作り、真上へと打ち上げる。

 すると、ドカドカと複数の足音が近づいてきた。

 おそらく先ほどの光は待機していた騎士たちへの合図だろう。


 ――ここまでか。

 任務に失敗した俺を、ボスは決して許さない。

 おそらく獄中に放り込まれた後、その中に潜ませた人間を使って始末される。


 俺が絶望に打ちひしがれたまま地面に座り込んでいると、ふいにドーラが近寄ってきた。

 そして俺の顎をつかみ、強引に上を向かせる。


「さてと、変な動きしないでね?

 でないと、痛い目に合う……あら、可愛い顔。

 子猫ちゃん?」


「誰が子猫だ、馬鹿野郎!!」


 反射的に怒鳴りつけた俺を、なぜかドーラは不気味な笑顔と共に抱きしめてきた。

 なに……これ?

 何が起きている?

 

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