マウロの失敗

「じゃあ、質問するわねー」

「いいよー、何なりと聞いてみて」


 わりと重大な事を聞くつもりなのだが、返ってくる声は非常に軽い。

 お前、この状況わかってるの?と言いたくなる気持ちもあるけど、相手はマレ公だしなぁ。

 ここでイラっとしたら、こちらの負けである。


「ずばり、あんた何でこの国に来たの?」


「もちろん、ドーラちゃんがいるからだよぉ?」


 タイムラグ無しで返ってきた答えに、思わず背筋が寒くなる。

 あー、やっぱこのオッサン生理的に無理だわ。


「……そう言うキモい冗談聞きたいんじゃないんだけど」


「いや、冗談じゃなくて事実だし。

 ここで嘘をつくほど僕は無粋じゃないよ?」


「そう言われると確かにそうなんだろうけどさぁ。

 なんか理由として弱いのよねぇ」


 たぶん、嘘は言ってない。

 だが、全てを答えていないと言った感じである。


「それは失敬だよ、ドーラちゃん。

 僕はこんなに君の事を思っているのに」


 まったくもって気持ちの悪い冗談だ。

 いや、冗談であってほしい。

 本気である分、質が悪い。


 というか、こんな言葉で煙に巻けると思った?

 いくらあたしが謀略の素人だと言ってもナメ過ぎである。

 少し意地悪をしてやるか。


「じゃあ、謀略とあたし、どっちが大事なの?」


「うわぁ、無粋の塊みたいな質問。

 それに、質問は一つだけのはずでしょ」


「そういえばそうだったわね。

 でも、あんたはその気になったらいつでもあたしの住む街に忍び込めるでしょ。

 なぜこのタイミングで、なぜこの場所だったのかが知りたいのよ」


「それはね……ドーラちゃんが狙われているからだよ」


 意味ありげな言い回しだが、まったくピンとこない。


「意味が分からないわね。

 私が狙われているのはいつもの事でしょ?

 こんな立場だから、敵なんかいくらでもいるわ」


 私の事を邪魔だと思っている連中や、利用したいという連中は、国の内外を問わず星の数ほど存在している。


 そんな私に向かってわざわざ『狙われている』というのは、夏が終わると秋がくると言われるのと同じぐらい意味がない。

 だが、それが秋の初めには台風が来る……その台風がとんでもなく大きなものだという話ならば、それは価値のある情報と言う事になる。


「つまり、あんたが動かなければならないほどの奴が私をねらっているってこと?

 いったい誰よ」


「それは秘密だね。

 すでに質問一つ分以上の情報をあげていると思うんだけどぁ」


「……教えて?」


 私が精いっぱい甘えているフリをしてみても、奴は首を横に振った。


「ダメ。

 そういう君の悔しそうな顔も実に魅力的だし」


 あぁ、もう、やだ、このド変態!

 正直、これ以上奴と話をしても何も得られる気がしないし、そろそろ退きますか。

 マレ公が卓球で神経を集中させてない以上、たぶん妨害の役目は果たせてないし。


「ちっ、まぁしゃあないかー。

 今日のところはこの辺で勘弁してあげるわ」


 内心ホッと胸をなでおろしながら、あたしはマレ公の部屋を後にした。

 なんか未練がましい台詞をほざいているような気がするが、無視ですよ無視。

 あたしは何にも聞こえてませーん。


 そんなわけで、騎士たちを引き連れて自分の部屋に戻ると、しばらくしてマウロが合流した。

 疲れた感じではあるけれど、何かやり切った表情である。

 顔を見る限り、何かしらの情報はつかめたようね。


「あ、マウロ。

 こっちはバッチリよ。

 向こうが上手く策にハマってくれたわ」


「そのようだな。

 おかげでこちらはスムーズに仕事が出来た」


「で、奴から一つ情報を聞き出せたんだけど、聞きたい?」


「いや、いい」


「なにその期待感0な態度」


「相手はアレだからな。

 役に立たない情報をさも重要であるかのように吹き込まれて返ってきた可能性が高すぎる」


「ひっどーい!

 なにそれ! あたし、あんなに頑張って我慢したのに!!」


 マウロの態度に少々イラっとするものの、そもそもあたしが聞き出す情報は作戦の本命ではない。

 最初からオマケだ。


 だが、そういう言い方をされると面白くない。

 ちょうど晩御飯は何がいいかって相談したのに、何でもいいって返ってきた感じと似ている。


 あたしが不満顔で軽く机を蹴ると、ふいに後ろから長い腕が伸びてきた。


「ちょっと、マウロ!」


 マウロはそのままあたしの頭を胸に抱きかかえると、しなだれかかるように自分の体を預けてくる。


「はいはい、偉かった偉かった」


「むきぃー! 子供みたいな頭撫でるな!!」


「……悪いけど、しばらくこのままでいさせてくれ」


 なんというか、行動と言動がちぐはぐなんですけど?

 そんな矛盾に苛立ちを募らせていると、ふいに近くからギリッと何かをひき潰すような音が聞こえた。


 音の主は……部下の騎士たちである。

 なんか、ものすごい目でマウロを睨んでいるんですけど?

 これ、ほっといたら組織内の進言関係がヤバくなるやつでは!?


 危機感を覚えたあたしは、無理やり笑顔を作ってその場の空気を換えるべく話題を提供することにした。


「えっと、マレ公の言うには……なんかあたしが狙われていて、それが理由でこの街に来たって話よ」


「ふぅん」


「ちょっと、マウロ!

 人の話はちゃんと聞きなさい!」


「……で、誰に狙われているんだ?」


 相変わらずマウロのテンションは低い。

 それどころか、あたしの頭に顎を乗せ、本格的に絡みついてくる。

 同時に、騎士たちの歯ぎしりの音がヒートアップし始めた。


「それは秘密だって言って教えてくれなかったわ」


「なるほどね……まぁ、思ったよりまともな情報持って帰ったな」


「なにその態度!

 すっごくムカつく!!」


 ほぼ反射的にマウロの脚を蹴ろうとしたが、椅子の脚が邪魔でうまく奴の脛に届かない。

 すると、ふいにマウロの体が離れた。


「さて、十分癒されたところでことらも報告と行こうか。

 マレ公の対応をドーラが封じたおかげで、いろんなことがわかった。

 それを今から説明しよう」


「ふぅん……勝手に言えば?

 私が聞いてもどうせ意味ないでしょうしー」


 あたしがツンと拗ねたふりをして横を向くと、マウロは笑いながら正面の席に腰を下ろす。

 その態度が気に入らないんですけど?

 マウロ、減点50!


「そう拗ねるな。

 ドーラの協力がなかったら絶対に取ってくることはできなかった情報なんぞ?

 これはドーラのお手柄だ」


「仕方がないから聞いてあげるけど……何がわかったの?」


 ……これ以上拗ねていてもいい事はなさそうだから聞いてあげるけど、マイナス査定は覆らないからね。

 覚悟しておきなさい?


「まず、ドーラが狙われているのは本当らしい。

 この街でドーラの事を探るような動きがあった。

 しかも、それをしたのはマレ公の手の者の仕業ではない」

 

「なんでそんなことが分かるの?

 あの短時間で……」


 マウロが情報収集に長けているのは知っているけど、活動基盤のほとんどないこの街でどうやったらそこまで情報が手に入るのか。

 不思議と言うより、理解ができない。


「マレ公の配下から聞き出したんだよ。

 マレ公の配下は、プラーナの強弱で信号を作り出し、その信号を使って遠距離で情報をやり取りする能力がある。

 それを傍受したうえで、偽の信号を使って情報を引き出したんだよ」


 まさかの遠距離通信と情報網の構築。

 マレ公、あんた何やってんの!?

 ……あぁ、謀略だったわね。


 どのぐらいの距離でやっているのかはわからないけど、それてほとんどモールス信号による通信網みたいなものじゃない。

 この世界の技術でよくそんなものを作ったわね。


「それにしても、マレ公の部下相手によくそんな真似出来るわね」


「普段から定期的に試している事だからな。

 ただ、マレ公の目があると、いつも肝心な情報を抜き取る前に対処されてしまうんだ。

 おまけに、マレ公は寝ている間ですらも常にその通信網とつながっているから隙が無い。

 実際、ドーラがマレ公の部屋を出る少し前のタイミングで向こうにバレて情報が引き出せなくなったからな」


「ふぅん。

 ……で、マレ公以外の連中の、いったい誰があたしの事を探っていたの?」


「おそらく、お前がぶっ潰した前の騎士団の残党だな。

 今では立派な犯罪集団になっている連中だよ」


「あいつらかぁ……でも、なんでこのタイミングで、この場所なんだろ?

 その動きをわざわざマレ公が探っているというのも怪しいのよねぇ。

 マレ公はあいつらとつるんでいたことあるし、わざわざ探りを入れなくても普通に情報を共有していそうなものだけど」


「わからない。

 確かなのは、マレ公にはあのテロ集団に知られたくない何かがあるってことだな。

 あと、マレ公の配下はこの国の犯罪事件の記録を探っていた。

 特にここ最近の殺人事件を中心に調べていたようだな」


「なんか、分からないことだらけね」


「心配するなドーラ。

 考えるのはお前じゃなくて俺の仕事だ」


「だから!

 そう言う言い方がムカつくの!!」


 あたしが抗議すると、マウロはなぜか『え? なんで?』みたいな顔をする。

 その姿は、なぜか褒めてもらおうと思ったのに叱られた犬を思い出させた。


 なによ、その顔。

 すごく……笑えるんですけど。


「もう、いい!

 あたし、お風呂に入ってくる!!」


 これ以上ここにいたら吹き出してしまいそうだから、あたしはさっさと逃げ出すことにした。


 ……しかし、本当に妙な話になってきたわねぇ。


 突然動き出した隣国の化け物と、あたしの仇敵である犯罪組織。

 この不可解なパズルのピースは、あたしの知らないところで、何か不気味な絵を描くために繋がろうとしていた。

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