50. 掃討完了
日が傾き、夜が訪れた。周囲を照らすのは、月明かりとわずかな松明の炎だけ。夜間の見張りはいるみたいだけど、数は多くない。ほとんどのゴブリンが眠りについているようだ。
樹海に響くのはわずかな虫の音と、遠くから聞こえる魔物の遠吠えくらいのもの。だけど、既に戦いは始まっている。先陣を切ったのは探索猫の四人衆。彼らが巡回する見張りを音もなく始末した。おかげで、僕らも安全に敵拠点の内部に入り込むことができる。
探索猫たちの仕事はまだ続く。建物に忍び込んで指揮官級と推定されるゴブリンを暗殺するんだ。まだ騒ぎが起きていないところを見ると、順調に事が運んでいるみたい。
とはいえ、発覚するのは時間の問題だ。巡回中の見張りは始末したけど、それ以外にも人員はいるはず。交代の時間に戻らなければ、何かがあったことはすぐにバレてしまうだろう。
『……何か騒いでいますね。気付かれたようです』
「そうだね。じゃあ、僕らも動こうか」
奥の方で騒ぎが起こる。何を言っているかはわからないけど、僕らの行動に気付かれたと思って間違いないだろう。あちこちで松明の明かりも灯りはじめた。
思ったよりも発覚するのが早かったね。それでも、指揮官級を何体かは始末できたはず。
「さあ、攻撃開始だよ! まずはユニット生産だ!」
『予定通りに、ですね?』
新たに呼び出すのは、巨象一人に格闘熊三人。拠点の防衛に残したクマドンたちと同じ構成だ。体格が大きいから、こっそり尾行するには向かないユニットたち。だけど、奇襲開始とともに呼び出せば問題は無い。あとは思いっきり暴れるだけだからね。そのための資源ポイントはきっちりと確保してある。
巨象の名前はファントにしよう。ファントに指示して、背中に乗せてもらう。ここなら、危険は少ない。何より、ファントに潰されずに済むからね。暗闇の中でドシンドシンと動かれるとちょっと心臓に悪い。
混乱している間に数を減らしたいのでユニットたちは散り散りになって進んでいく。屋外で寝ていたゴブリンたちはさすがに目を覚まし始めているけど、寝ぼけてこちらの攻撃に対処できていない。多くのゴブリンが、何が起こっているかを理解する間もなく死んでいくことになる。
不意に、カンカンと何かを打ち鳴らす音が響いた。襲撃を知らせる警鐘のようなものだろう。さすが夜襲に気がついたみたい。
「パオー!」
「クマ! クマー!」
「「ニャ!」」
気付かれたなら遠慮はいらないとばかりに、ユニットたちが声を上げた。あんまり緊張感のない鳴き声に思えるけど、ゴブリンたちは怯えてまともに動けなくなっている。
まあ、でも当たり前か。開拓地で大敗を喫して逃げ帰ったばかりだもんね。逆侵攻を受けたと知ればパニックになってもおかしくはない。
普通ならば指揮官級の人が落ち着かせるんだろうけど探索猫たちが上手くやってくれたらしく、それらしいゴブリンが出てこない。全くいないということはないだろうけど、怯えるゴブリンたちを宥めるには数が少なすぎるみたいだ。
ゴブリンたちは組織的な抵抗もできずに、ただ蹂躙されるだけだ。おかげで討ち取るのは容易い。
一方で懸念もある。このままじゃ、大量の逃亡者が出ちゃうかもしれない。そうなると面倒くさいんだよね。後々集結されたら意味が無いし、小集団でもハズリル王国の村々にとっては脅威だ。ある程度は仕方がないけど、できれば逃亡者は最小限に留めておきたい。
夜襲と指揮官暗殺が効き過ぎちゃったかな……。少し手を緩めた方がいいかもしれない。
そんなことを考えたときだった。怯え逃げ惑うゴブリンたちに変化が起きたんだ。げへげへと声を上げながら、僕らに立ち向かってくるようになった。しかも、無秩序だった攻撃が、次第に組織立ったものへと変化している。
「もしかして、あれが英雄種かな?」
『そうかもしれませんね』
ゴブリンの中にキラキラと光る個体が混ざっている。もちろん、自ら光を発しているわけではなくて、着込んだチェーンメイルみたいなものが松明の光を反射しているんだ。他にもちょっとした装飾品を身につけていたりと明らかに他のゴブリンと装備が違う。ゴブリンたちの士気が上がり、連携を取り始めたことを考えると、あれが英雄種なのかもしれない。
もしそうであるのなら、僕らとしてはありがたい。ゴブリンの大繁栄の元凶となった英雄種はできれば排除しておきたい相手。だけど、他のゴブリンと見た目に違いがなければ、始末できたかどうか確認する手段がないんだ。だけど、あいつくらい目立っていれば、生死の確認が楽だからね。
まあ、なんにせよ、統率者が現れたおかげで逃亡者は大幅に減りそうだ。あとは、この場に集まったゴブリンを一掃すればいい。
「みんな、集まってる?」
「ニャー!」
ユニットたちには、敵の迎撃態勢が整い始めたら戻ってくるように指示しておいた。トラキチからの返事によれば、全員集まっているらしい。だったら、ちょうどいい。
「ブラン、例の杖を出して!」
『了解です!』
ブランにお願いして出してもらった杖は二本。どちらも開拓ランクが3になったことで交換できるようになった強力な杖だ。
一本は魔法障壁の杖。この杖で、発動者の周囲に防御用のバリアを張ることができる。ファントのサイズが問題になるけど、マナ消費を増やせば範囲を拡張できるからカバーできる。
これで防御面は整った。とはいえバリアも永続ではないし、守るだけでは敵を倒せない。もちろん、これで終わらせるつもりはないけどね。というか、そもそもこのバリアはゴブリンたちの攻撃を防ぐために張ったわけじゃないし。
「じゃあ、いくよ! みんなバリアの外には出ないようにね!」
そう宣言して使うのは大嵐の杖。雷撃の杖と同じく攻撃系の杖だけど、用途は大きく異なる。雷撃の杖が単体攻撃用だとすると、大嵐の杖は範囲攻撃用だ。その範囲はかなりのもの……らしいけど実際に使ったことはない。さすがに試し打ちするには目立ちすぎるだろうから控えていたんだ。
今、夜襲で数を減らしたゴブリンたちが英雄種らしきゴブリンの元に集まっている。この杖を使うには絶好の機会だ。想定よりも小規模の嵐でも半壊くらいにはできるだろう。
……と思っていたのだけど、効果範囲は完全に想定外だった。
とはいえ、規模が小さい方にではなくて、大きい方にだ。
轟々と吹き荒れる暴風の音に混じって、ガツンガツンという音が響く。風によって舞い上がった石がバリアにぶつかっているみたいだ。バリアが無かったら僕らも酷い目にあってだろうね。
バリアの外はどうなっているかというと……正直、どうなっているのかよくわからない!
草葉や石ころ、その他諸々が荒れ狂う風の中でもみくちゃにされているらしくて、先が見通せないんだ。おまけに、わずかにあった松明の明かりが、暴風の影響で完全に消えてしまっている。一応、手元に明かりは用意したけど、ランプの明かり程度ではごく近くの様子しかわからない。
でも、時々、なんだかでっかいものが吹き飛んでいるような気がするんだよね。ボロ雑巾のように吹き飛ぶアレは、まさかゴブリンなんじゃ……?
嵐が止んだのは三十秒くらい経過してからだ。
古代都市は見るも無惨な姿に変わり果てていた。月明りなので詳細な様子はわからないけど、明らかにさっきよりも見晴らしがよくなっている。たぶん、建物は全滅だ。遺跡調査の浪漫は大嵐の前では無力でした。
そんな惨状なので、ゴブリンたちに生き残りなんているはずもない。もし、いたとしても重傷で身動きがとれないだろうね。
ひとつだけ言えるのは――……
「これ、夜襲とかいらなかったね」
『……そうですね』
何ごとも確認って大事だね。今回はそんな暇なかったけれども。
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