46. 真夜中の騒動

 それは夜中のことだった。ぐっすりと眠っていた僕のお腹にドスンと衝撃が走ったんだ。


「ぐふっ……! な、何ごと!?」

『マスター、起きてください! 緊急事態みたいですよ』


 衝撃の原因はブランだったみたいだ。とはいえ、それは僕を起こそうとしてのことらしい。起こし方にもうちょっと優しさが欲しいところだけど、緊急事態では仕方がない。


「……何が起きたの?」

『アーニャ隊が冒険者たちを引き連れて戻ってきました! ゴブリンの襲撃にあったみたいです!』

「それは大変だ!」


 部屋の中は真っ暗だ。食用油と素焼きの壺を使ったランプみたいなものはあるんだけど、暗闇で火種を探すのがまず大変。困っていたら、騒ぎを察したフェアがやってきて魔法で火をつけてくれた。


「ニャ」

「トラキチも来てくれたんだね。門に急ごう」


 部屋を出たところで、トラキチと合流。夜間の見張りは主に猫人部隊の仕事で、トラキチは屋敷内での護衛担当みたい。僕が外に出ることを察して、ついてきてくれるようだ。


 開拓地の住人は今のところ、全員僕の屋敷で寝泊まりしている。屋敷の中には他にもクマドンやキマたちがいるから安全なはず。ひとまず、誰も起こさずに屋敷を出た。


 向かったのは南の門。そこには一人の男性が座り込んでいた。ラグダンさんだ。


「大丈夫ですか?」

「猫人たちのお陰でなんとか。シリルさんたちも無事です」


 幸いなことに、みんな無事みたい。とはいっても、門の外ではまだ戦いの音がしている。この場にいないシリルたちも外で戦っているんだろう。


 以前の反省を生かして増設しておいた見張り台に上る。門の外では思っていたよりも激しい戦いが展開されていた。暗くてよく見えないけどゴブリンの数は20……いや30はいるかもしれない。ゴブリンたちも夜目は利かないのか、幾人かは松明を掲げている。


 こっちの戦力はイーニャ隊とアーニャ隊の猫人十人とシリルたち。人数的には不利だけど、猫人たちは夜目が利く。そのおかげでどうにか対抗できているようだ。


「グルニャァァアア!」

「「「ニャー!」」」


 僕が見張り台に上っている間に、防壁を飛び越えたトラキチが戦列に加わる。咆哮を上げながらゴブリンに襲いかかり、その喉笛を鋭利な爪で切り裂いた。鮮血を噴き出しながら倒れ伏すゴブリン。一撃だ。その様子を見た猫人たちの士気があがった。


 トラキチはゴブリンに一撃を加えた勢いのまま、闇に潜んだようだ。ゴブリンたちがゲヘゲヘと声を掛け合いながら周囲を警戒する。


「ゲゲ!? ……ゲハッ!」


 だけど、暗闇を見通せないゴブリンたちにトラキチの姿を捉えることはできなかったみたい。突如、後方から現れたトラキチが、松明を持っていたゴブリンに襲いかかった。不意を打たれたゴブリンは何もできない。力を失った体が崩れ落ち、手にした松明が地面に転がった。


「ニャ!」


 転がっても燃え続ける松明。しかし、トラキチが地面をえぐり、すくい上げた土を松明に被せた。周囲を照らす明かりがひとつ消え、闇が少し深まる。トラキチの狙いはゴブリンから明かりを奪うことのようだ。


「シリルたちは防壁の中に!」

「了解だ」


 そうなると、暗視能力を持たないシリルたちも危険だ。彼らもトラキチの狙いは把握しているのか、特に食い下がることなく防壁の内側へと退避してくれた。


 シリルたちが引いた分、防衛戦力は低下してしまうが、トラキチが加わったことで戦力の天秤はすでに猫人側に傾いている。明かりが減れば、その差は更に開く。ゴブリンたちの殲滅は時間の問題だろう。


 松明の明かりが、ひとつ、またひとつと消えていく。僕の目では戦況を把握することが難しくなってきているけど、次々と上がるゴブリンたちの断末魔がトラキチたちの優位を教えてくれる。


 そして、ゴブリンたちは完全に沈黙した。


「「「ニャー!」」」


 猫人たちから勝ち鬨があがる。結局、ゴブリンたちは一体も逃さずに全滅させたみたい。


「みんな、お疲れ様! サンニャ隊は……あ、戻ってきたみたいだね」


 唯一合流していなかったサンニャ隊も、すぐに駆けつけてきた。トラキチが加勢したから出番がなかったけど、回り込んで後方から奇襲するつもりだったみたいだ。僕が指示するまでもなく連携が取れているね。


 戦いが終わったので、見張り台から降りる。そこにはシリルたちだけではなく、騒ぎを聞いて駆けつけた住人たちの姿もあった。ルドやパルロ、ポリィの姿もある。眠そうな顔をしているけど。


「レイジさん、ゴブリンたちは」

「全部倒したから心配ないよ。ゴブリンたちは夜目も利かないみたいだし、夜の間に再襲撃ってことはないんじゃないかな。子供たちは寝かしておいていいよ」


 不安げな表情のヒッグスに状況を説明する。

 開拓地に移住して早々にこんな目に遭うなんて彼らもついてないね。少しでも安心してもらえるように頼りないところは見せられないな。


 自信ありげに振る舞ったつもりだけど、効果はあったのかどうか。一応、ヒッグスやウェンダの顔から不安は取り除けたような気はする。ひとまず、ウェンダとミア、それに子供たちは部屋に帰した。残りのメンバーで状況の確認だ。

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