39. 契約成立

「うわぁ、めちゃくちゃ美味しい! こんな甘くて美味しいもの食べたことないよ!」


 僕の目の前で、本当に美味しそうにプリンを食べているのはミサン・デイアルバン。デイアルバン商会長の息子らしい。


 彼が店に顔を出した理由は、お店の入り口に巨獣が居座って出入りを妨害していることを知らせるため。巨獣というのは、もちろんトラキチのことだ。首輪をしたくらいじゃ、威圧感は消えなかったみたい。ちゃんとお座りして待ってたのにね。


 仕方ないので、トラキチたちには裏口の方へと回ってもらった。だから、ミサンの用件はすでに終わっているはずなんだけどね。


「うむ、うまい! この味ならば、間違いなく売れるじゃろうなぁ。会長に……いや、じゃが、隠居の儂が口を出しても碌なことには……」


 そして、僕とプリンの攻防を繰り広げていたおじいさんは、モルド・デイアルバン。デイアルバン商会の前会長。現会長の父親らしい。


「何言ってるんだよ、爺ちゃん。この味なら父さんだって仕入れるっていうに決まってるでしょ。爺ちゃんは気を使いすぎなんだよ」

「むぅ……。そうじゃろうか」


 このモルドさんだけど、つい最近会長職を息子に譲ったばかりなんだって。代替わり直後なので、まだまだモルドさんの影響力は大きい。あれこれ口を出されると、現会長の息子もやりにくいだろうと考えて意見を言うのを控えているみたいだね。


「いや、だってこの味だよ。もちろん、取引価格によるけど、交渉すらせずに逃したら駄目でしょ。もし、交渉できないとなったら、別のお店に持って行かれちゃうんだから。ねえ?」

「そりゃあ、そうだね」


 ミサンが同意を求めてきたので、頷いておく。

 僕はお金が欲しいだけであって、取引相手は必ずしもデイアルバン商会である必要はない。奴隷費用は高額だから、信用ができて資金量もある商会との取引が望ましいけど、条件を見たす商会は他にもあるからね。


「で、レイジはこのお菓子を幾らで卸すつもりだったの」

「チョコ菓子はブリア銀貨一枚。焼きプリンがブリア銀貨五枚だよ」


 チョコ菓子も焼きプリンもおそらくはこの世界にまだ存在していないお菓子だ。つまり相場なんてないということ。だから、思い切った値段設定をした。前の世界を基準に考えると、もの凄いぼったくり価格だけどね。


 昨日泊まったお高めの宿がブリア銀貨五枚だ。つまり、チョコ菓子五個で一泊できる計算になる。焼きプリンに至っては、一つで一泊だ。


 まあ、値引き交渉はされると思ってるけど。というよりも、それを見越して高めの値段設定にしたんだよね。


 ちなみに、チョコ菓子は一袋二十個入りのお徳用パックが食料ポイント1で出せる。焼きプリンは一パック四個入りのファミリーパックで食料ポイント1だ。


「む……それなりに値は張るのぅ」

「でも、貴族相手の商売なら十分に元は取れるよ。それで、どれくらい売ってくれるの?」


 結構ふっかけたつもりだったのに、ミサンはそれでもこの取引に乗り気みたい。値段交渉もなしに販売数について言及してきた。それだけ、チョコ菓子と焼きプリンに商機を見いだしているんだろうね。


 さて、僕が商人ならここで駆け引きをするんだろうけど……正直、細かい交渉なんてするのは疲れちゃうんだよね。だから、色々とぶっちゃけてしまおうと思う。多少は足下を見られてしまうかもしれないけど、肝心の商品は僕が独占して販売している状態だから、そこまで強気に出られないはずだしね。


「チョコ菓子も焼きプリンも100個、200個ならすぐに用意できるよ。とにかく、僕はブリア金貨五十枚を確保したいんだ」

「えっ、そんなに!?」

「それほどの商品を用意しているようには見えんがのぅ……」


 僕の荷物は、ナップザックだけ。当たり前だけど、大量のお菓子を持ち歩いているようには見えない。実際に持ち歩いていないし。


 適当に、宿屋に置いてきてあると言ってもいいけど、どうせすぐにバレると思うんだよね。なにせ、トラキチは凄く目立つから。街に来たときのこともきっと噂になっているはず。大荷物を持ってきていないことは、調べようと思ったらすぐに知られてしまうだろう。


「ブラン出てきて」

『はい』


 なので、ブランのことも話しておこう。情報を握られることは弱点にもなるけど、このお菓子類は僕にしか作れないというアピールにもなる。この二人がお菓子の販売を独占しようと思うなら、下手に吹聴したりはしないはずだ。


 驚く二人を余所に、僕はブランの力でチョコ菓子を二袋、プリンを二パック、目の前に出現させた。その現象に二人はますます驚く。


「何もないところから、お菓子が出たよ。爺ちゃん!」

「なんという不思議な力じゃ……。魔法の食べ物じゃったわけか。あれだけ美味しいのも頷けるというものじゃ」


 なんだか妙な勘違いをされているね。出現する原理はともかく、味に魔法は関係ないんだけど……まあいいか。


 とにかく、二人と相談して販売量を決めていく。お店の資金や、食品の保存性の問題もあるからね。しっかりと話し合って、チョコ菓子は30袋600個を販売。焼きプリンは20パック80個を卸すことになった。合計でブリア金貨50枚分の取引だ。


「俺としては焼きプリンをもっと仕入れたいんだけどね。腐らせちゃもったいないからなぁ。冷蔵の魔道具も数はないし」


 ミサンは焼きプリンを相当気に入ったみたいだね。数が仕入れられず悔しがっている。


「今回の取引はこれでいいとして、以後も継続して取引をしたいところじゃが……」


 モルドさんは先を見据えているようだね。今後、奴隷で人口を増やすつもりなら、継続取引は僕にとっても大きなメリットになる。断る理由はないんだけど……。


「僕は普段、樹海に住んでるんです。取引自体は僕も望むところなんですけど、定期的に卸にくるという約束はできないですね」


 こちらの事情を話すついでに、開拓地についても話しておく。最初はモルドさんも驚くだけだったんだけど、その表情は話を聞くにつれて段々真剣みを帯びてきた。


「開拓地では移住者を募集しているんじゃな? よし、儂が移住しよう! そこにデイアルバン商会の支店を作るんじゃ!」

「いいね、爺ちゃん! じゃあ、俺は商隊の派遣を父さんに掛け合ってみるよ」

「マジックポーチも回してもらうように言っておくんじゃぞ。そうでなければ、焼きプリンは取引できんじゃろう」

「もちろんだよ!」


 あれよあれよという間に話は進んで、モルドさんが開拓地に移住してくれることになった。危険だから移住者はほとんどいないだろうという話だったのに……。さすがは、商魂たくましい商人ってところかな。

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