38. お金を稼ぎます

 昨日は、ザッデルで宿を取った。

 冒険者の出入りが多いだけあってザッデルには宿屋が多いらしい。その中でも僕が選んだのはちょっとお高めの上等な宿屋。まあ、そもそも選択の余地がほとんどなかったんだけどね。


 キマとグレナならともかく、トラキチくらいの大きさとなると部屋で一緒に寝るというのは厳しいんだ。スペース的な問題もあるし、何より宿屋の人がいい顔しない。大きな従魔は他のお客さんを怖がらせちゃうからね。それは仕方がない。


 そうなると必然的に厩舎がある宿屋に泊まる必要が出てくる。馬を飼うことができるのはお金持ちだけだから、そういう宿屋は必然的に高くなるというわけだ。宿泊費は食事抜きでブリア銀貨五枚。ヒールポーションを売って得たお金がほとんどなくなってしまった。明日以降は街の外で野宿をした方がいいかもしれない。


「さて、どうにかしてお金を作らないとなぁ……」


 シリルたちに街を案内してもらったとき、開拓地に移住してくれる人を探しているという話もしたんだけど、彼らの反応は微妙だった。やっぱり、危険な樹海に住もうと考える人はまずいないみたい。


 手があるとするならば奴隷だ。


 この世界には、ほとんどの国で奴隷制度が残っている。奴隷の扱いは国によって違うみたいだけど、ハズリルではそこまで酷い扱いを受けるわけじゃないそうだ。不当に暴力を振るえば、主人だとしても罰せられるのだとか。


 まあ、奴隷を買ってまで住人を増やす必要があるのかといえば、正直ないんだけどね。でも、拠点で冒険者たち相手の宿屋を開業するとなれば、従業員くらいは確保しておきたい。ミアたちが手伝ってくれるかもしれないけど、それでも大人がいた方がいいだろうし。


 そんなわけで、拠点に戻るまでの五日――出発日を除けば実質的には四日で奴隷をひとり購入したいと思っている。そのためにも、お金が必要なんだよね。


 働き盛りの成人男性の場合、相場はブリア金貨五十枚くらい。さすがに高い……けど、昨日の宿泊費ですらブリア銀貨五枚だ。ブリア金貨はブリア銀貨二十枚と等価だから、二百泊分だね。そう考えると安い気もする。


 一応、金策には当てがある。ブランなら、この世界では珍しいものもポイント次第で交換してもらえるから。


 問題は伝手がないことなんだ。かといって、勝手に路上販売するわけにもいかない。都市内でお店を開くには商業ギルドに加入しないとならないんだって。そして、その場合、売り上げのいくらかをギルドに上納する必要があるみたい。まあ、上納金を支払うくらいは別にいいんだけどね。ただ、どの道、四日間の路上販売で目標額に達するとは思えないんだ。


 まあ、伝手はなくてもやりようはある。まずは、お店への売り込みだ。卸売りなら商業ギルドへの加入も上納金も必要はない。


 ブランに出してもらったナップザックを背負い、昨日のうちに目をつけておいた食品店に向かう。そこはザッデルでも一、二を争うデイアルバン商会が経営するお店らしい。昨日のうちに、シリルに聞いておいたんだ。


 さすがにトラキチたちを連れて入るわけにはいかないので、彼らは店先でお留守番。ブランに出してもらった首輪をつけているので、きっと問題はない。あと、ブランにはナップザックに入ってもらっている。ぶつくさ文句を言ってたけど、目立たないためだ。我慢してもらうしかない。


 お店には、店員のおじいさんが一人いるだけだった。幸いなことに、他にお客はいない。交渉のチャンスだ。


「こんにちは。買い取って欲しいものがあるんですけど」

「おや、売り込みかね? すまないね。ウチは会長が直接見定めたものしか売らないんじゃよ。取引はできないんじゃ」


 おじいさんは人の良さそうな笑顔浮かべながらも、僕の申し出をきっぱりと謝絶する。まあ、当然の反応だろうね。大きな商会にもなると仕入先に困ることはないだろうから、わざわざ素性の分からない人間と取引する必要はないんだ。


 だけど、そんなことはこちらも想定済み。それでも勝算はあるんじゃないかと踏んでいる。


「うーん、そうですか。かなり珍しいお菓子なんですけど……。そうだ、試しにひとつ食べてみませんか?」


 そう言って僕がナップザックから取り出したのは、個包装されたチョコ菓子。ウエハースをたっぷりのチョコレートでコーティングしてあるタイプだ。一袋に二十個入って、食料ポイント1で出せる。とてもコスパがいい。


 この世界には甘いお菓子が少ないのは確認済み。推定貴族のミアたちだって菓子パンを喜んで食べるほどだし、間違いなく売れる商品だと思う。


「ん……? ほぅ、確かに見たことがない菓子じゃ。食べてもいいのかね? 食べたからと言って、取引できるとは限らんのじゃが」

「構いません。でも、きっと気に入ると思いますよ」


 個包装を剥いだチョコ菓子からは甘い匂いが漂ってくる。この匂いがおじいさんの関心を引いたみたいだ。おじいさんの言葉も「取引できない」から「取引できるとは限らない」に変わっている。一歩前進だ。


 おじいさんはチョコ菓子をしげしげと確認したあと、意外に思い切りよくパクリと食べた。その瞬間、彼の目が大きく見開かれる。少なくないインパクトを与えることができたみたいだね。


「どうですか? 甘くて美味しいですよね」

「……あ、ああ、そうじゃな。儂も職業柄色々と食べている方じゃが、こんなものは食べたことがない。これならウチにおいても問題ない……じゃが」


 チョコ菓子はおじいさんの心をばっちりと掴んだみたい。だからといって、買い取りますとはいかないみたいだ。やっぱり、会長の許可が必要なのかな。


「こういうのもあるんですよ」


 今が攻め時だと思ったので、秘密兵器を投入した。といっても物騒なものじゃないよ。一パック四個入りの焼きプリンだ。


 取り出した瞬間から、おじいさんの視線は焼きプリンに釘付けだ。用意しておいた木匙とともに差し出すと、何故かおじいさんは怯んだように一歩後ずさった。


「いくら食べさせてもらっても、取引を確約することはできないんじゃ……!」

「それはもちろんわかってます。会長さんに紹介してもらいたいんですよ。そのためにも商品の良さを知ってもらいたいんです」


 お店を取り仕切っているくらいだし、このおじいさんは商会の古株なんじゃないかなと思うんだよね。会長に直接話せる立場かどうかはわからないけど、取引の足がかりにはなると思う。そのためにも、是非、焼きプリンを食べてもらわないと!


 焼きプリンを手渡そうとする僕と、決して受け取るまいとするおじいさんの一進一退の攻防。きっと、おじいさんにもわかっているんだ。このプリンを食べたら、その魅力に抗えなくなるって。


「まあまあ、とりあえず食べてみてください……!」

「いや、いやいや! 全ては会長が決めること。儂が口を挟むわけには……!」


 プリンを挟んで押し合いへし合いするというよくわからない状況を止めたのは、お店の奥から現れた僕と同い年くらいの青年だった。


「ちょっと、爺ちゃん。大変だよっ! ……って、何やってんの?」


 何やってるのかと聞かれると……何やってるんだろう? おじいさんも答えられなかったみたい。僕とおじいさんは何となく顔を見合わせると、苦笑いを浮かべた。ひとまず、プリンを挟んだ攻防は一時休戦だ。


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