30. 畑の中からこんにちは!
ミアとルドを連れてサンファの畑にやってきた。珍しくトラキチは不在で、代わりにモルットが僕の頭の上で寝そべっている。ペット枠を脱却するために頑張っていたのに、最近はちょっとだらけ気味だ。
トラキチがいないのは森の探索に出てもらっているからだ。いつも僕の護衛ばっかりじゃ退屈だろうから、ちょっとくらいは自由にしてもらおうと思って。猫人部隊が哨戒しているおかげで、拠点周辺に魔物はいないからね。
「ねえ、兄様! いつになったら野菜は大きくなるの?」
「あはは。さすがにまだまだ時間がかかるよ」
「もう、ルドったら。昨日も同じ事を言ってたわよ」
「だって……」
少し前に、畑に植えた種から芽が出てきた。今ではどの畑にも小さな芽が覗いている。サンファが言うには、順調に育っているらしい。
ルドは野菜の成長に興味があるみたいで、毎日芽を観察しては「いつ大きくなるの?」と聞いてくるようになった。ミアはちょっと恥ずかしそうにしてるけど、僕は子供らしくていいと思う。
最近は二人でサンファの手伝いをしているみたい。水まきはフェアがやるから、ミアたちは雑草を抜くのが仕事だ。
さつまいも、トマト、大根。育つのが早そうなのは大根かな? トマトは夏野菜だったはず。さつまいもは秋の味覚ってイメージがあるから、収獲は最後になりそうだね。ルドじゃないけど、収獲が待ち遠しい。
「早く育てばいいのにねぇ」
「うん!」
三人ともニコニコ顔で畑に生えた芽を見ながらお喋りをしていたら、何故かブランがページを大開きにしたポーズで固まっていた。あれは驚いているときのリアクションだ。
「どうしたの?」
『成長を早めたかったんですか? だったら、早く言ってください』
「んん?」
さっきの“早く育てば良いのに”は待ち遠しいという意味であって、願いとかそういうんじゃないんだけど……そう言うからには、ブランには成長を早める手段があるってことかな。なんだか風情がない気もするけど、楽できるのならその方がいいよね。少なくとも一度は試しておきたい。
「どうやって成長を早めるの?」
『植物成長促進剤を使えばいいんです! 魔法の肥やしと併用した方がいいですよ』
植物成長促進剤と魔法の肥やし。どちらも、魔法の薬剤みたい。コストは、植物成長促進剤が植物10、薬効10、マナ10。魔法の肥やしが動物10、マナ10だ。ちょっとマナ消費が大きいけど、とりあえず交換してもらった。
植物成長促進剤はプラスチック容器に入った緑色の液体。液量はコップ半分にも満たないから、50mlくらいかな。ブランが言うには一滴でもかなり成長するらしい。収穫期で成長が止まる……なんて便利な力ではないから、使いすぎると枯れちゃうそうだ。適量を見極めないといけない。
魔法の肥やしは、強力な肥料だ。使うと土の質が劇的に改善されるらしい。
植物成長促進剤を使うと比較的短期間で収穫を繰り返すことができるけど、そうなると土から栄養が抜けてしまう。だから、魔法の肥やしで土質を改善する必要があるみたい。基本的には種まき前に土と混ぜて使うそうだ。
「なんですか、それ?」
「お薬?」
「間違ってはないかな。植物を育てるための薬だよ」
興味深そうにミアとルドが尋ねてくる。やっぱり、ブランとの会話は二人には聞こえてないんだね。
ブランの言ったことをそのまま話すことになるけど、ミアたちにも詳しく効果を説明しておく。畑仕事はサンファに任せておけば大丈夫だけど、二人も手伝いをするからね。
「すごい! じゃあ、野菜が大きくなるの?」
「そうだよ。たぶん」
「植物を育てる魔法の薬ですか」
ルドは単純に喜んでいるけど、ミアはかなり驚いている。
まあ、そうだよね。効果の程度にもよるけど、この薬があれば食料には困らなくなるんだから。とはいえ、マナの消費が大きいから、無限に食料生産できるわけじゃないけど。
「サンファ、植物成長促進剤を試してみたいんだけど、いいかな?」
確認すると、サンファは葉っぱの両手で大きく丸印を作った。大丈夫みたいだね。
とりあえずは、大根で試してみよう。かけ過ぎには気をつけるようにとブランから釘を刺されているので、一滴だけを振りかける。目薬の容器みたいに、噴出口が細くなっているので慎重にやれば難しくはない。
ちょこんと生えた芽に
「おお、一滴でこれか」
この時点で、小さな芽だった大根が、わさっと葉っぱを生い茂らせている。これにはサンファも両の葉っぱを大きく挙げて仰天のポーズだ。
収穫のタイミングなんかは僕じゃわからないので、細かい調整はサンファにやってもらった方が良い。植物成長促進剤を手渡すと、サンファは追加で二、三滴振りかけた後、大きく頷いた。
大根はというと、根っこの部分が少し土から顔を出している状態だ。サンファが思いっきり引っこ抜くと立派な大根が姿を現した。
「凄い根っこですね」
「これ食べられるの?」
ミアとルドは大根を見て、不思議そうな顔をしている。この世界に大根があるかどうかはわからないけど、少なくとも二人は見たことがないみたいだね。
「僕もやりたい――え?」
ルドのはしゃいだ声が、突然驚きに変わった。
彼の視線の先には、大根を引き抜いた穴……そこには、いつの間にか謎の生き物が顔を出していた。その姿は一見するとモグラのようにも見える。
でも、違う。真っ黒な体からは紫色の禍々しいオーラが滲んでいる。
あれは、魔物……?
いや、もっと恐ろしい存在のような気がする……。
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