27. 魔本使いってことになりました

「ヒールポーションでよければありますけど」

「本当か!? 助かる!」


 僕が用意していたのは、下級のヒールポーション五本。どのくらい必要なのかわからないから、ひとまず一本をリーダーらしき男性に手渡す。彼は、それを負傷した女性の傷口に振りかけた。


 まるで逆再生でも見ているように、みるみるうちに傷口が塞がっていく。なんとも不思議な光景だ。と言っても、不思議だと思っているのは僕だけみたいだけど。冒険者たちは単純に喜んでいるだけで、効果に驚いている様子はない。


 ヒールポーションは一つで十分だったみたいだね。負傷していた女性も、今では自分の足で立つことができている。失った血が完全に戻るわけじゃないらしく、若干顔色が悪いけど、もう一つ使うほどでもないみたい。


「改めて礼を言わせてくれ。君たちのおかげで仲間は一命をとりとめることができた」


 リーダーらしき男性がそう言うと、他のメンバーもそれに続くように礼を口にした。彼らはディルダーナ大樹海の南にあるハズリルという小国の冒険者らしい。リーダーの男性がシリル、負傷していた女性がリムア、大柄な男性がタックで、もう一人の女性がローザだ。


 ローザはなんと魔術師!

 是非とも魔法を見せて欲しいところだけど、魔法を使うために必要なマナを切らしているらしい。残念だ。


 他の三人は前に出て戦うタイプみたいだね。

 前衛三人に魔術師。ちょっとバランスが悪いようにも感じるけど、こそっとブランに聞いた限りでは多くの冒険者パーティーはこんなものみたいだ。むしろ、魔術師がいるだけ恵まれているって話。大抵の冒険者は前衛と弓使い一人とかそんな感じなんだって。ゲームみたいに誰でもポンポンと魔法が使えるわけではないみたいだ。


 一応、僕らも自己紹介をしたんだけど……そこで驚きの事実が発覚した!


「僕はレイジです。ここの家主ですね。こっちの本はブランです。ほら、ブラン。挨拶しないと」

『……あのマスター。もしかして、まだ気付いていなかったんですか? 私の声は、マスターにしか聞こえていませんよ?』


 そうだったの!?

 そういえば、僕とブランが話しているとき、ミアたちは訝しげな表情を浮かべていた。あれって、本が喋っていることに戸惑っているんじゃなくて、僕が本に話しかけていることに戸惑っていたのか。事情がわからなければ、ただの変人じゃん!


 幸いなことに、ブランは宙にぷかぷか浮かんでる明らかに不思議な本だから、喋ってもおかしくはないと思ってもらえるだろうけど。思ってもらえるよね?


「あ、あはは……ブランの声は僕にしか聞こえてないみたいです……」

「……魔本なのか?」

「そ、そうですね!」


 魔本が何かは知らないけど、とりあえず話を合わせておこう。よくわからないけど、他にも喋る本はいるみたいだね。いや、良かったよ。


 シリルたちがヒールポーションの代金を支払うと言うので、ブランと相談してブリア銀貨二枚を支払って貰うことにした。


 この辺りに流通している通貨にはいくつか種類があって、主に使われているのは二種類。ブリア系通貨とロカ系通貨がある。銅貨はどちらも同程度の価値なんだけど、銀貨と金貨は価値が異なるんだ。銀貨だと、ブリア銀貨一枚でロカ銀貨二枚分の価値がある。金貨は複雑で、ブリア金貨四枚とロカ金貨五枚がだいたい同価値と判断されるそうだ。ちょっと面倒くさい。


 下級ヒールポーション一本でブリア銀貨二枚は、相場とほぼ同程度ってところ。場所柄を考えるとお安いっていう値段設定みたい。危険地域は運搬が難しいから、物資は貴重。その分、価格も上がるのが普通らしいね。


「もし、余裕があるのなら、追加で譲って欲しいのだが……」


 シリルからそういう申し出があったので、追加で二本販売した。締めてブリア銀貨六枚の収入だ。まあ、森で生活する限り、お金があってもあまり意味はなさそうだけどね。いつか、森の外で買い物をするときが来るかもしれないので、そのときまで取っておくことにしよう。


「しかし、かなり強い従魔だな。樹海で暮らすなら、これくらいの戦力は必要だということか」

「ええ、まあ」


 従魔というのは使役した魔物や動物のこと。そして、従魔を使役する者を従魔師と呼ぶんだ。シリルは僕のことを従魔師だと思っているみたい。一応、ブランとの事前の話し合いでも、そう名乗ろうと決めていたので都合がいい。


 トラキチもクマドンも普通の魔物とは違うので、不審に思われるかもしれないと少しだけ心配だった。だけど、シリルに気にした様子はない。従魔師は魔法使い以上に希少な存在らしいから、実態が知られていないのかもしれないね。


 シリルたちは、少しだけ休んで帰って行った。

 彼らの目的は樹海で育つ貴重な薬草の採取だったみたい。僕はポイントに変換するだけだから種類なんて気にしていないけど、本来なら作りたい薬に合わせた薬草が必要だからね。彼らの必要とする薬草は近隣ではこの樹海にしか生えていないらしくて、わざわざ樹海の深くまで探しに来たんだって。目的の薬草は採取できたそうだけど、その後に運悪くゴブリンと遭遇してしまったそうだ。


 彼らの話によると、最近、ハズリル王国ではゴブリンによる被害が増えているんだって。冒険者ギルドでは近々調査隊を派遣することも検討しているのだとか。今のところ、今回以外には一度しか見ていないけど、調査隊が派遣されるほど増えているというのなら、いずれこの家にもゴブリンたちが襲撃しにくるかもしれない。やっぱり防衛力の拡充は急務だね!

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