25. 人の気配に備える

 普段ならそれなりに意思疎通ができるんだけど、興奮して「ニャアニャア」と騒ぐグレナから話を聞くのは大変だった。それでも、どうにか落ち着かせて何を見つけたのか聞き出す。


「えっ、人を見つけたの?」

「ニャ!」

「どんな人だった?」


 詳しく聞いてみると、四人組の男女らしい。軽い武装をして、森歩きにも慣れている風だったみたい。見つけたのはこの拠点から南の方向。それなりに離れた場所だったそうだから、もしこちらに向かっていたとしても、しばらく時間がかかるだろう。


「うーん。何者だろう? ミアを迎えに来た人かな?」

「……いえ、違うと思います。私たちの行方を知る方法はないでしょうし。それに、私たちを迎えに来る者はもう……」


 そう言って、ミアは悲しそうに眼を伏せた。悪いこと、聞いちゃったかな。

 でも、可能性はゼロではないはず。一応、念頭に置いておこう。


「ブランはどう思う?」

『グレナの話から判断すると、おそらく冒険者だと思います。ディルダーナ大樹海は素材の宝庫ですからね。それを求めて周辺国の冒険者が森に入ることはよくあることのようですよ』


 おお、この世界にも冒険者がいるのか!

 魔物がいる世界なんだし、いるんじゃないかなとは思っていたけど。


「どう対応したらいいかな?」

『冒険者といってもピンからキリまでいますからね。たちの悪い者だと野盗と大差ないらしいですから、それなりに警戒はしておいた方がいいでしょう』


 野盗って……そりゃまた物騒だね。ただ、その懸念はあるか。きっと、元の世界ほど、倫理観はしっかりとしていないだろうから。まあ、こんな森の中の一軒家に金目の物があるとも思わないだろうから、いきなり襲ってくることはないと思うけど。一応、対策としては目に見える武力を用意しておくのが有効かな。サンファを呼び出したばかりだけど、まだ食料ポイントに余裕はある。


「だったら、わかりやすく強そうなユニットが欲しいね」

『そうですね。今のポイントでしたら、“凶暴で臆病な格闘家”がいいのではないでしょうか。食料50に動物30が必要です』


 なかなかコストが重い。でも、その分強力なユニットなんだろうね。どのみち戦力の拡充は必要なので、この機会に呼び出してしまおう。


 というわけで、いつものようにサクサク生産。素体はなしだから、ベース個体だ。ぼわんと湧き出た煙が晴れると、そこには仁王立ちする大きな熊がいた。体長は2mくらいかな。格闘家というくらいだから、素手での戦いに長けているんだろう。


 だというのに、何故かあんまり強そうに見えないんだよね。理由は分かっている。顔が緩いんだ。いや、顔だけじゃなくて、全体的にかな。ゆるキャラ感があるんだよね。


「うわぁ、熊さん?」

「もふもふです……」


 ルドとミアが躊躇なく抱きつきにいくくらいには緩い。戦力にはなってくれると思うんだけど、抑止力という意味ではあんまり役に立たないかもしれない。


 まあ、逆にいえば警戒感を抱かせずに強力な戦力をそばにおけるわけだし、悪いことばかりではないけど。


「うーんとそうだな。君の名前はクマドンにしよう!」


 見た目に合わせてゆるキャラっぽい名前にしておこう。彼にも異論はないようで、無言でコクリと頷いた。


 喋れないのかな?

 まさか、ゆるキャラ風だからってことはないよね?


 戦力の追加はこれでいいか。見た目は緩いけどトラキチとクマドンが並べばそれなりに圧迫感がある。あとは、ひぃすけたちも控えさせておけば戦力に不足はないだろう。一応、僕自身も雷撃の杖は持っておいた方がいいかな。


 雷撃の杖はマーダーアントと戦ったときに使った魔道具だ。初期状態だと雷撃を放てるのは三回だけなんだけど、マナポイントを使って充填できるみたいなんだよね。一回分でマナ3を消費するから、やっぱり効率がいいとはいえないけど。今はマナ30を消費して10回分の雷撃を充填してある。


 ミアたちには家の中で待機して貰おう。もし、彼女たちの関係者だったら、そのときに改めて顔合わせすればいいからね。もしものことを考えれば、隠れていた方が安全だ。


 まあ、ここに近づいてくるのが野盗と紙一重な冒険者とは限らない。まともな冒険者だったら取引を考えてもいいかもね。こちらから提供できるのはポーションと食事、あとは安全……くらいかな。冒険者がたくさん来るのなら宿屋みたいな事をしてもいいかもしれない。


 怠惰な神様の思惑どおりに進めるのは癪だけど、一応ここは開拓地だ。将来的には人を募る可能性もある。そんなとき、冒険者たちに伝手があるのは有利だと思うんだよね。だって、ここは危険な森の中だもの。移住を考える人がいるとしたら、ある程度腕に覚えがある人なんじゃないかなと思っている。冒険者たちは筆頭候補だ。なので、向こうが常識的な対応をしてくるのであれば、できるだけ友好的に接したいと思うっているんだよね。


 とりあえず、ヒールポーションだけでも作っておこうかな。取引に使えなかったら、僕らが使えばいいだけだし。冒険者たちと戦いになる可能性を考えれば、手元にあればいくらか安心できる。


 ポーションを作り終えたら、あとは待ち構えるだけだ。だというのに、冒険者たちはなかなか現れなかった。グレナが言うには、真っ直ぐ歩いていれば、そろそろ姿を見せてもいいはずなんだけど。


 まあ、森の中で真っ直ぐに進むのは意外と難しい。ちゃんとした道があるわけでもないし、周りは障害物だらけだからね、適当に避けて進んでいれば少しずつ逸れていってしまうことはあり得る。それに、途中で引き返したのかもしれないし。


 今回は縁がなかったかなと思いかけたときだった。

 グレナやトラキチたちが、何かに気がついたようにピクリと反応したんだ。耳をピンと立てているから、物音を聞きつけたんだろう。注視しているのは南側。つまり、冒険者たちが現れるはずの方向からだ。

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