17. 我が家(洞穴)にご招待

 子供たちはたぶん姉弟。二人とも明るい金髪にエメラルドグリーンの瞳で、よく似た顔立ちをしている。それと、二人は貴族の子供なのかも知れない。少なくとも、こんな森に隠れ住んでいる子とは思えないんだよね。


 ブランに聞いたところだと、この世界の文明は地球における中世期くらい。もちろん、文明の歩みが地球と違うから単純に比較はできないんだけどね。魔法だってあるし。


 それはともかく、この世界は地球の現代に比べて貧しいんだ。特に庶民の暮らしはかなり厳しいはず。こんな辺境で暮らす子供がまともな服を着ていることは無いんじゃないかな。おそらく、古着に継ぎを当て大切に着回しているような感じだと思う。


 だというのに、二人は新品同様の服を着ている。それだけで裕福な家の子供であることがわかるよね。女の子の服はドレスっぽいし、男の子の服も品は良さそうだ。明らかに、森を歩くような格好じゃない。そんな格好で森を歩いたらすぐに駄目になっちゃうと思うんだよなぁ。実際、僕の服はあちこち引っかけてだいぶほつれてきている。


 まあいいか。まずは話を聞いてみないと。想像だけで、事実を推測できるほどこの世界に詳しいわけじゃないからね。


「ええと、君たちは……って待てよ? 言葉って通じるのかな?」


 子供たちに話しかけようと思って根本的なことに気がついた。僕は別の世界から来た人間。当然ながらこちらの言葉はわからない。彼らに日本語が通じるとは思えないし。


 そう思ったのだけれど。


「……わかります」


 女の子がこくりと頷きながら、そう言った。僕にも通じる言葉で。


 一応、素直に応じてくれてはいるけど、警戒はしているようだ。無法者が蔓延っているらしいこの森の中では、真っ当で正しい対応だと思う。それはそれとして。


「日本語がわかるの?」

「ニホンゴ……?」


 尋ねると少女は怪訝そうに首を傾げた。今度は通じなかったみたいだ。日本語という単語が駄目なんだろうか?


『マスター。あまり自覚がないようですけど、あなたは今、大陸南部共通語を喋っていますよ』

「ええっ!?」


 びっくりして大きな声が出てしまった。そのせいか、それとも本が喋ったせいか、子供たちがビクリと肩を震わせる。驚かせてしまったみたいだ。


 言葉のことについてはちょっと気になるけど、今は子供たちのことが優先だ。とりあえず、意思疎通ができるなら問題はないので、一旦棚上げしておく。


「僕の名前はレイジっていうんだ。君たちのことを教えてくれるかな」


 できるだけ優しく尋ねると、子供たちは少し躊躇ったあとぽつぽつと自分たちのことを話し始めた。


 二人はやっぱり姉弟だった。姉のミアが14歳で、弟のルドが6歳らしい。二人は何処かから逃げてきたみたい。と言っても、歩いてではなくて魔法の道具で転移してきたそうだ。


 やっぱりそうか。明らかに森の子供じゃないもんね。


「帰り方はわかる?」

「いえ……おそらく転移事故です。ここはどこなのですか?」


 事故なのか。まあ、護衛もつけずに子供を送り出すような場所ではないのは確かだ。

 ミアが言うには、どこかの別邸に転移するはずだったみたい。それなのに森の中に飛ばされて途方に暮れていたのだとか。


「ここはディルダーナ大樹海だけど」

「大樹海!? ここがそうなんですね……」


 場所を告げると、ミアの表情が曇った。樹海のことも知っているみたいだね。だとすれば、不安に思うのも当然だ。数多くの魔物が生息する危険地域なんだから。


 だけど、彼女が次に告げた言葉はかなり予想外だった。


「かえって都合が良かったのかもしれませんね。私たちには行く当てなどないのですから」

「……姉様」


 悲しそうに呟くミアに、ルドがぎゅっと抱きついた。

 魔法の道具を使ってまで逃げてきたんだ。おそらく、並々ならない事情なのだろう。謀反か戦争か。その辺りに敗れた貴族の子供なのかもしれない。その辺りのことに首を突っ込む気はないから、詳しく聞くつもりはないけど。


「僕はこれから拠点に戻るよ。君たちも一緒に来ない? 少なくとも、この場所よりは安全だからさ」

『拠点と言っても、ただの洞穴ですけどね』


 僕らの提案に二人は不安そうに身を寄せ合った。正体不明の人間の提案だもんね。心配するのは無理もない。


 だからといって、放っておくわけにもいかないからね。さっきの蟻もそうだけど、この森には危険な生き物がたくさんいる。これまでは運良く無事だったけど、この後もそうとは限らないから。


 彼女たちもそれはわかっているのだろう。少し戸惑った様子は見せたものの、最終的には僕らの提案を受け入れてくれた。


 ミアはともかく、ルドの方はすっかり疲れているみたい。負ぶってあげることにしよう。彼は遠慮していたけど、慣れない森で無理するのはよくないからと言って説得すると、素直に言うことを聞いてくれた。


 そうして歩くこと一時間。僕らは拠点まで戻ってきた。


「ここが僕たちの拠点だよ」

「ここ……?」

「……もしかして、この洞穴ですか?」


 ミアたちは、目を丸くして驚いてる。さっきブランが言っていたと思うんだけど……さすがに、洞穴そのものだとは思わなかったのかな? 裕福そうな子たちだから馴染めないかもしれないけど……現代人だった僕が平気なんだし、きっと大丈夫だろう。


「ああ、そうだ。トラキチ以外の仲間も紹介しておこう。おーい!」


 呼びかけると、近くで草刈りをしていたひぃすけたちがひょっこりと顔を出した。


「え!?」

「ね、ねずみ……?」


 ひぃすけたちはねずみ人間って感じの容姿だ。見慣れない姿にミアたちは一瞬だけ驚いたようだけど、怖がってはいないようだ。わりと愛くるしい見た目だからね。


「ええと、この三人はひぃすけ、ふぅすけ、みぃすけ。そして、ひぃすけの頭の上にいるのがモルットだよ」


 ひぃすけたちの見た目はそっくりだけど、いつの間にか見分けがつくようになっている。順番にミアたちに紹介した。


「そして、こっちはミアにルド。しばらくは一緒に暮らすことになるだろうから、困っていたら助けてあげてね」

「「「「きゅい!」」」」


 お願いすると、ひぃすけたちは一斉に頷いた。ミアたちの周りに集まると、「きゅいきゅい」と話しかけているみたいだ。彼女たちは少し戸惑っているけれど、忌避感を抱いた様子はないね。ベースがゴブリンだとは気付かれていないみたい。これなら、魔人種を手下にしていると思われずに済むかな。


「きゅい?」


 ふと、モルットが小さな手でミアの胸元を叩いた。どうやら彼女が首から下げているペンダントに興味を持ったみたい。綺麗に加工されているけど、ペンダントトップはどこかで見たことがあるような石だ。


 ビックリしたことに、その瞬間ペンダントの石が青白い光を放った。先日、モルットの指示で掘り出した不思議な石とよく似た光だ。それだけじゃない。その石には、ブランの背表紙の文字と良く似た紋様が刻まれている。やっぱり、同じ石なのかも。


「そのペンダントは……?」

「私の家に代々伝わっていた物です。ですが、こんな風に光るのは初めて見ました……」


 どうやら、ミアにも予想外のことみたい。戸惑いが口調から伝わってくる。


 しばらくするとペンダントの光は収まって、それ以降は何も反応を示さなかった。この前の光る石といい、いったい何なんだろうか。

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