15. 蟻退治に雷撃の杖

 あの蟻の魔物はマーダーアント。ブランが言うには死爪兎と同じくらいの強さらしい。トラキチが自由に動ければ、六匹が相手であっても無傷で倒せるだろう。


 ただ、後ろに子供を庇っている状態ではそうもいかない。トラキチの持ち味である機動力が活かせないからだ。トラキチ一人なら、敵を切り裂き食い破りながら駆け抜け、相手の攻撃範囲から抜け出すという戦法が取れる。だけど、この状況でそれをやると、蟻たちはトラキチに構わず子供たちに襲い掛かるだろう。だから、トラキチはその場から動かずに応戦しているんだ。


 マーダーアントは死爪兎に比べるとタフみたいで、トラキチの攻撃を受けても倒れることはない。ダメージはあると思うんだけど、平気な様子で戦列に戻るから厄介だ。虫だから痛覚がないのかもしれない。


「ブラン、何か攻撃できる道具はないの?」

『魔道具が作れますよ。少々ポイントの効率は悪いですけど』


 効率が悪いという言葉は気になるけど、今は非常事態だ。そんなことを言っている場合じゃない。


「とりあえず、作れる物を作って!」

『わかりました。では雷撃の杖を』


 ブランの言葉の直後、空中から湧き出るかのように出現したのはシンプルな杖。ワンドって言えばいいのかな。短めの木の棒で、先端に黄色い石ころがついている。


『石の先から雷を放つ道具です。ただし、使用回数は三回。ポイントが足りないのでもう作れませんよ。よく狙ってください』


 えぇ!? 蟻が六体いるのに三回しか使えないの?

 しかも、もう作れないなんて。魔法の道具だからマナポイントを消費したんだと思うけど、13ポイントもあったのにな。効率が悪いっていうのは確かみたいだね。


 ともかく、この雷撃の杖は慎重に使うタイミングを見極めないといけない。無駄撃ちも駄目だけど、それ以上にトラキチに当てるわけにはいかないからね。トラキチの攻撃を受けて、吹き飛ばされた蟻を狙うことにしよう。


 杖の使い方は難しくない。杖の先端を敵に向けて発動ワードを唱えるだけだ。


「雷撃よ!」


 タイミングを見計らって攻撃を放つ。杖から稲妻が迸り、蟻の一匹を捉えた。威力は十分のようで、雷撃を受けた蟻はそれっきり動かなくなった。


「やった!」

『油断しないでください! こちらに向かってきますよ!』


 さっきの雷撃で、蟻たちの標的が僕へと切り替わったみたいだ。残りの五匹が一斉に僕の方を向いた。でも、それはトラキチから見れば隙になる。機を逃さずに繰り出された強烈な一撃が、蟻の一匹に襲いかかった。いくら生命力が旺盛な蟻とは言え、無防備な状態で受けた一撃には耐えられなかったようだ。攻撃を受けた蟻は少し痙攣したあとに動かなくなった。


 その様子を見た蟻は二手に分かれた。二匹はトラキチへと向かい、残りの二匹が僕の元へと向かってくる。蟻とは思えないような状況判断だけど……たぶん、悪手だ。


 偶然にも雷撃の杖の使用回数はちょうど二回。マーダーアントは特に素早いわけでもないので、こちらに向かってくるのを迎え撃つのは難しくない。慎重に狙いをつけて雷撃を放てば、向かってくる二匹は問題なく処理することができた。


 トラキチの方もすぐにケリがついた。六匹相手に持ちこたえていたトラキチが二匹に手間取るわけがないからね。一匹を全力で仕留めれば残りはもう一匹を残すのみ。子供たちの元へと向かう隙も与えない素早い攻撃で残り一匹も片付けた。


「ふぅ、終わったね。お疲れ様、トラキチ」

「ニャ!」


 ねぎらうと、大したことでもないと言うようにトラキチが返事をした。だけど、そこまで楽勝だったわけじゃない。不自由な状況で戦ったせいで、トラキチは何度か蟻たちに噛みつかれているんだ。重傷ってほどではないのかもしれないけど、傷跡はとても痛々しい。


「これ、薬草で回復するのかな」

『薬草は自然治癒を多少助ける程度ですので劇的な効果は見込めませんよ。ポーションをオススメします』

「そんなものもあるのか」


 ポーションといえば魔法の回復薬。下級のヒールポーションでもトラキチの傷程度なら即時に回復できるらしい。必要なポイントは薬効1にマナ2だ。薬草は昨日の探索で確保した分で足りている。だけどマナはさっき雷撃の杖を作るのに使ったばかりだ。


「マナポイントが足りない……」


 雷撃の杖は木材1、マナ12のポイントが必要だったみたい。そのせいで、マナポイントが1になっている。


『マーダーアントを吸収してマナポイントを確保しましょう』

「ああ、そうか!」


 マーダーアントも魔物だから、当然体内に魔石がある。吸収すればマナポイントが確保できるはずだ。


 ブランにマーダーアントの死骸を吸収してもらった結果、一匹につきマナポイントを4獲得できた。他には特にない。死爪兎よりも若干強かったように思えたけど、総合的な獲得ポイントでは劣ってるね。強さと資源利用可能かどうかは別の話だから、そういうこともあるんだろう。


 ともあれ、これでポーションが作れる。早速ブランに作って貰うと、小瓶に入った薄っすらと青い液体が出現した。


「これ、どうするの?」

『飲んでも効果はありますが、味は微妙みたいですよ。負傷部位に振りかけるのがいいのではないかと』


 ブランの言葉に従ってポーションを振りかけると、トラキチの傷はあっという間に塞がった。さすが魔法薬だけあるね。これが、薬効1とマナ2で作れるのなら、かなり効率がいい気がする。地球の市販薬が何ポイント必要なのかわからないけど、外傷ならおそらくポーションの方が優秀だと思う。


 さて、これで戦闘後の処理は終わったわけだけど……トラキチが庇った子供たちの件が残っている。一体、この子たちは何者なんだろうか。

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