7. でっかい猫になりました

『早く指示をください。急がないと死骸の鮮度が落ちますよ』

「鮮度って……。まあ、わかったよ」


 急かされるまま、虎の死骸をブランに取り込ませる。取り込み方法は素材交換のときと同じだ。ブランが発生させる謎の黒い球体に接触した途端、虎の死骸は吸い込まれるように消えていった。


「ゴブリンの死体は回収しないの?」

『できますが……まあ一応回収しておきますか』


 ブランはあんまり乗り気ではないみたいだけど、ゴブリンの死体三体も回収。ついでにゴブリンが持っていた武器も取り込んだ。さびの浮いた鉄の剣が5本だ。品質が悪いせいか、全部で金属ポイント1.4にしかならなかったけどね。


「で、死骸を素体としてユニット生産ができるんだっけ?」

『そうです。ユニット生産のオプション機能ですから、元となった生物が生き返るわけではありません。あくまでベースとするだけです』

「なるほど?」


 もう少し詳しく聞いてみたところ、本来のボディの代わりに素体をボディとしたユニットが生産されるらしい。つまり、虎の死骸を使って“献身的な被験者”を生産すると、毒味能力を持った虎型ユニットが誕生するということだ。


「じゃあ、“献身的な被験者”だといまいちだね」

『そうですね』


 被験者の役割はあくまで毒見役。それ以外の能力は持たない。さきほどの戦いを見るに、それでも十分な戦力にはなってくれそうだけど、できればもっと有意義な能力をつけたいよね。だって、他の虎と戦うこともあるだろうし。被験者ユニットだと虎を素体としたころで、同程度の戦力にしかならない。


「他に作れるユニットはあるの?」

『食料ポイントを20使えば、“気まぐれな探索者”が作れますよ』

「気まぐれ……なの? 能力は?」

『何と言えばいいでしょうか。基本的には単独探索役に使うユニットです。能力としてはある程度の察知能力と少々の戦闘能力が上乗せされるというものですね』


 特殊な能力があるわけじゃないのか。それでも毒味能力よりは虎の素体を生かせるよね。問題は食料ポイントが20も必要となること。そうなると残りのポイントは4だ。一気に心許なくなる。


「とはいえ、護衛戦力は絶対に必要だよね」


 護衛と考えるなら戦闘能力は少しでも高い方がいい。察知能力も危険を回避するのに使えるだろうし。ここは“気まぐれの探索者”にしておこうかな。この森なら食料は比較的入手しやすい。モルモットがいないので新種開拓とはいかないけど、安全だとわかっている食べ物も多いからね。またすぐにポイントも貯まるだろう。


「というわけで、探索者の方でお願い」

『わかりました!』


 ユニット生産の演出はあいかわらずコミカル。ぼわんという音と一緒に、もくもくと煙が発生した。モルモットのときよりも煙の量が多い。その煙が晴れると、背伸びをしてぷるぷると震える虎の姿があった。


 ……いや、虎かな?

 虎と言うより大きな猫っぽいぞ。顔つきもなんとなく可愛くなっている。


「“気まぐれな探索者”って猫でしょ?」

『まあ猫によく似た姿であることは否定しません』


 どうやら、死骸をベースにしてもユニット本来の姿に多少は影響を受けるみたいだね。まあ、虎は元々ネコ科だし大差ないかもしれないけど。


 それはともかく、無事ユニット生産は成功した。モルモットのときと一緒だとすると、この猫虎は僕の指示に従ってくれるはずだ。でも、いくら猫っぽくても、この大きさだと少し怖い。


「君は僕の部下になったんだけど、わかるかな?」


 おそるおそる問いかけると、猫虎は「ニャー」とひと鳴きしたあと、頷いた。ちゃんと意思疎通はできるみたい。手をさしのべると、ぺろぺろと舐めてくる。うん、猫だこれ。


 慣れてくると可愛いね。甘噛みされたら無事ではすまなそうだけど。まあ、本当に猫なわけじゃないから大丈夫……だよね?


「せっかくだから、名前をつけようか」


 ユニットたちとはきっと長い付き合いになるはず。同一のユニットを呼び出すこともあるだろうし、区別するためにも名前があった方がいい。モルモットは名付ける前に仮死状態になっちゃったからまだ名付けてないけど。


「よし、君の名前はトラキチってことで」

『……』

「何?」

『いえ、私はブランで良かったと思っただけです』


 それって遠回しにトラキチの名前をディスってますよね?

 まあ、肝心なのはブランではなくトラキチの反応だ。素直でいい子なトラキチは、名前を呼んだら嬉しそうに体をこすりつけてきた。特に不満もないみたい。そういうわけで、正式に猫虎の名前はトラキチということになった。


「そういえば、ユニットって食べ物が必要なの?」

『食べることは可能ですが、食べなくても食料ポイントから自動的に引かれますよ』

「維持コストみたいなのがあるのか。トラキチはどれくらい必要なの」

『1日に2ポイントですね』


 おおう、ただでさえ少ないポイントが消えていく。

 でも、体の大きさを考えると2ポイントはかなり少ないよね。だって、あんパンと牛乳で消えちゃうよ、2ポイントって。


 当のトラキチは「え、ご飯もらえないの?」って顔をしてるけどね。絶対食いしん坊だよ、トラキチ。僕と同じようなものを食べさせたら、幾らポイントが必要になるかわからないね。当面は自動引き落としで我慢してほしいところだ。

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