8. 取り扱いには気をつけましょう

 そのあとは何事もなく、ブランの言っていた崖までたどり着いた。トラキチを生み出したりしていたせいで、周囲は暗くなり始めている。


『急いで穴を掘らないといけませんね。明かりもありませんから、夜になると完全に真っ暗ですよ。道具はどうします? 石のスコップを作るなら資源ポイントが必要になりますが』


 ブランが急かすように早口でまくし立てる。たしかに、これから穴を掘るとなると結構ギリギリ……というか僕の体力だと多分間に合わない。だから、ブランが焦るのも理解はできる。でも、地道に穴を掘るより手っ取り早い方法があるよね。


「そんなことしなくても、ブランがあの黒い球体で土を吸えばいいじゃん」

『無理ですよ。あれは思いのままに動かせるようなものじゃないですし、あれを出している間は私も動けないんです』

「え、そうなの?」


 それは困った。どうやら、あの黒い球体はブランの上か下にしか出せないみたいだ。せめて横に出せたら、吸って移動してを繰り返して穴が作れたのに。


「ニャ~?」


 トラキチが招き猫みたいに右の前足をふるふると動かした。きっと「自分が掘るか?」と言ってるんだと思う。


「うーん。僕が掘るよりは早いと思うけど、できればもっと楽したいよね」

「ニャー」


 トラキチもそうだなと言ってる。たぶん。


「よし、物は試しだ。ブラン、とりあえず土を吸い込むつもりで黒い奴を出してみてよ」

『えぇ? 何をするつもりですか?』


 訝しみながらも、ブランは僕の指示に従ってくれた。黒い球体がブランの上に浮かんでいる。さて、この状態でブランを掴むとどうなるだろうか。


『ちょ、マスター!? 一体何を?』

「ああ、うん。ブランが動けないなら僕が動かそうと思って」


 ブランの向きを変えると、黒い球体もそれに従って動く。ブランを持ったまま動けば、黒い球体もついてくる。どうやら、ブランと球体とは相対位置が固定されているみたいだ。これを利用すれば、土を吸わせることができるね。


 問題があるとすれば、ブランの抗議の声がうるさいことかな。


『ど、何処を触ってるんですか! いやらしい触り方しないでください!』

「変なこと言わないでよ! 別に普通に持ってるだけでしょ!」


 前に中を読んだときはそんなこと言わなかったのに。一体何が問題なの? ページ?


『うぅ……もうお嫁にいけないですよ……』

「お嫁って……。もしかして、ブランは女の子なの?」

『どこからどう見てもそうじゃないですか! 私のことを何だと思ってたんですか!』


 なんだと思ってたかと言われれば、本です。

 本に性別があるなんて普通は思わないよね。まあ、喋ってる時点で普通じゃないのは明らかだけど。


「時間がないし今回は我慢してよ」

『……仕方がありませんね。その代わり、私がお嫁にいけなかったら、マスターが責任とってくださいね!』


 えぇ……?

 異世界で、しかも本を相手にそんな台詞を聞くことになるとは思わなかったよ。


「ブランって人の姿になれたりは……?」

『なれるわけないじゃないですか! 私は本ですよ!』


 ですよねー。

 よし、本件に関しては保留としよう。ブランの追及に言質をとらせず、のらりくらりと躱している間に、十分な広さの穴が掘れた。


「はい、お疲れ様」

『ひどい目にあいました……』

「ごめんごめん。でも、ブランのおかげで助かったよ」

『そんな言葉では騙されませんよ! まったく……』


 さすがに強引だったかな。

 とはいえ、悠長に穴を掘っていたら日が暮れていただろうし、今回は仕方がないと思う。まあ、今度からはブランが嫌がることは止めておこう。彼女がいないと、僕がこの森で生き抜くなんて不可能だし。


 突貫工事で作った洞穴はなかなか広い。高さも2mくらいあるから、立って歩くこともできる。土だし、いつ崩れるかわからないけどね。できれば補強したいところだけど……ここに定住するつもりはないから資源を使ってまで補強する価値があるかというと微妙かな。


「ニャー」


 トラキチは洞穴の奥まったところを寝床と定めたようで、そこに伏せて丸くなった。特に何の指示も出してないとはいえマイペースだなぁ。


「トラキチ。横になるのはいいけど、見張りは頼むからね!」

「ニャ!」


 今のは了解の意味だ……と思う。配下ユニットなんだから、指示を出したら従ってくれるはずなんだけどね。猫は自由だから少しだけ心配だ。たぶん大丈夫だけど。


 立っている理由もないので、壁に背中を預けて座り込んだ。寝床を確保できた安心感からか、自覚していなかった疲労が一気に襲ってくる。まあ、一日中慣れない森歩きをしたわけだし、疲れてて当然だけどね。


 トラキチの呼び出しで消費した食料ポイントは、崖に着くまでに多少は補充している。だから、夕食用の食料を交換する分くらいは十分にあるんだけど、なんだかそれすら億劫だ。お昼にあんパンを食べただけだから、お腹は空いているはずなんだけどね。


 ただ、今はとにかく眠い。まだ完全に日は落ちていないけど、明かりのない洞窟内はかなり暗いからね。寝るにはちょうどいい。特にやれることもないし、今日はこのまま寝てしまおうかな。


 おやすみ。

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