6. 使える物は何でも使うのはサバイバルの掟

 森の探索を始めて、おそらく数時間が経過した。時計なんてないので時間はわからないけど、もうぼちぼち暗くなり始めてもおかしくない。


 これまでの探索で食料ポイントは十分に貯まっている。モルモットを呼び出した分を差し引いても24ポイントだ。途中からは採取よりも進むことを優先したのだけど、それでもこれだけの量を集めることができた。少なくとも、食料に関しては困ることがなさそうだ。


 ちなみにモルモットは尊い犠牲となった。いや、死んじゃったわけじゃないけど。


 食料はポイントに変換する方針とはいえ、毒の有無くらい把握しておいた方がいいかと思って、食料になりそうなものはとりあえず食べさせていたんだ。基本的には食べて問題ないくらいのごく弱い毒という判定がほとんどだったんだけど、最後に食べた赤いキノコだけは猛毒だったみたい。食べて数秒後には動かなくなった。


 最初は死んじゃったのかと思ったけど、ブランが言うには仮死状態らしい。これは被験者のユニット特性で、毒物で死に至るほどのダメージを受けると、こんな風になるみたい。一晩ほっとくとまた元気になるというので、とりあえず抱えて移動している。ちょっと重い。


 頭に浮かんだ判定結果によれば、赤いキノコは触るだけで酷い炎症を起こすような猛毒キノコだったようだ。もし素手で掴んでいたらと思うと、ぞっとする。可哀想だけど、これからも初見の食べ物はモルモットに毒味をしてもらうことにしよう。


「やっぱり、人里を見つけるのは難しいか。どこかに洞穴ほらあなでもないかな」

『あったとしても、危険な生き物の巣にでもなってる可能性がありますよ』

「そうだよね……。一から自分で掘った方が安全かな?」


 居心地がいい場所なら当然、すでに住人がいることだろう。熊とかだったら立ち退き要求なんかとてもできない。そんなリスクを取るよりは素直に穴掘りした方が良さそうだ。ブランがいればきっとなんとかなる。


「縦穴よりは横穴の方がいいかな。どこかに崖でもあればいいんだけど」

『崖ですか? ちょっと探してみますね』


 言うが早いか、ブランが木の葉を抜けて高くまで飛んでいった。空から確認してくれるみたいだ。


 うーん、普通に話しているけど、ブランって不思議な存在だよね。どういう原理で飛んでいるのかわからないし、そもそも目はなさそうなのにどうやって物を見てるんだろう。

 まあ、神様が生み出した存在なんだし考えても無駄かな。頼れるし悪い奴じゃなさそうだ。それだけわかっていれば十分だろう。


『このまま進んだら、ちょうどよさそうな場所がありそうですよ。距離もそれほどではありませんから、暗くなる前には到着すると思います』


 戻ってきたブランが弾んだ声で報告してくれた。

 高さ5mほどの崖がかなりの長さに渡って続いているみたい。横穴を掘るには十分の高さだね。どうにか今夜の寝床を確保できそうだ。


「じゃあ、このまま進もう!」

『そうですね。穴を掘る時間も考えるとそれほど時間はありませんから!』


 ゴールが見えたので、僕もブランも少しテンションが高い。そのせいか、少し注意力が散漫になっていたようだ。そのことに気がついたのは、茂みの向こうから獣の唸り声が聞こえてきたときだった。


 とっさに体勢を低くし、身を隠す。茂みの向こうにいるのは例の虎のようだ。僕を追い回したあの個体かどうかはわからないけど。


 幸いなことに、さっきの唸り声は僕に向けられたものではなかったみたいだ。虎の視線の先にいるのは、人型の何かが数体。体色が緑で、あれが成体だとすれば人間よりはかなり小柄だ。頭部には二対の小さな角がある。武器らしきものを持っているところをみると、虎と戦うつもりらしい。


「……ゴブリン?」

『そうですね』


 思わず零れた呟きをブランが肯定した。ファンタジー世界の定番だけど、この世界にもいるんだね。


「ゴブリンは魔物って認識でいいの?」


 僕の知っている多くの作品ではゴブリンはただの魔物。人型とはいえ人種族の同胞として扱われることはあまりない。だけど、ここは全く知らない世界だ。僕の愛読していたファンタジー作品の常識が通用しない可能性もある。


『魔物ではなく魔人種と呼びますが……まあ扱いとしてはほとんど変わりありませんね。知性はありますが、基本的に交渉が通じるような相手ではありません。遭遇したら即討伐で問題ありませんよ』

「なるほど」


 どうやら人類の敵に変わりはないらしい。もし友好的な存在なら村に招待してもらおうかと思っていたんだけどな。そう甘くはないか。


 とはいえ、そういうことなら虎に襲われていても、知らんぷりで構わない。下手に動くと気付かれてしまう可能性があるので、僕は息を潜めて成り行きを見守った。


 虎一頭に対してゴブリンは五体。さすがにゴブリンが有利かと思ったけど、虎は素早い動きでゴブリンたちを攪乱して、有利に立ち回っている。とはいえ、ゴブリンたちもやられているばかりではない。仲間がやられそうなときは他のゴブリンがカバーに入って虎の攻撃を捌いている。頭が良くないイメージだったけど、この世界のゴブリンはちゃんと知恵が回るようだ。


 双方とも攻め手を欠いている。戦いは長期化しそうに思えたけど、決着は突然だった。きっかけはゴブリンのショートソードを虎が躱し損ねたこと。傷を負った虎が怯んでいる隙に、ゴブリンたちがよってたかって斬りかかる。ゴブリン側の勝利かと思ったけれど、虎が最後のあがきを見せた。近くにいたゴブリンの喉笛を噛みちぎったんだ。事態が飲み込めずに立ち尽くすゴブリンに、虎は追撃を加える。さらに二体のゴブリンの喉をかき切った。


 残されたゴブリンは二体。虎の気迫に負けたのか、その二体は武器すら投げ出して一目散に逃げ出した。


 残されたのは満身創痍の虎。いや、既に生きてはいないようだ。ゴブリンへの反撃はまさに最後の抵抗だったのだろう。


 念のためにしばらく様子を見て、本当に動かないことを確認してからほぅと息を吐いた。


「相打ちか。僕にとっては一番都合がいい展開かな」

『そうですね。せっかくですからあれを回収しましょう』


 あれというのはゴブリンの武器だろう。それに、虎の死骸も。死闘を尽くした虎には敬意を示したいところだけど、僕には余裕がない。食料になりそうなものは何でもポイントに変えていかないと。


 そう思ったんだけど、ブランの狙いは違ったみたいだ。


『死後すぐならば、死骸はユニット生産の素体として使えるんです。この場合、作成されたユニットは元の生物の能力を引き継ぎます』


 そんなことまでできるの!?

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