3. 神器なら、あんパンだって出せる

「それで、僕は元の世界に戻れるの?」

『すみません、私にはちょっとわかりません……』


 ブランにわからないのなら、わかるのは怠惰と享楽の神だけだろう。うーん、怠惰な神様が戻る方法を用意してくれてるかな? ちょっと望み薄な気がする。


 突然よくわからない世界に転移させられて、帰る方法もわからない。そんな状況にもかかわらず、僕は意外と冷静だ。普通なら泣きわめいたっておかしくもないのに、不思議と状況を受け入れている。何か変だぞ?


『考えるのは後にした方がいいですよ。どうにか安全を確保しないと』


 自分の精神状態が気になるところではあるけど、ひとまずはブランの言葉に従うことにする。といっても、この森の中に安全な場所なんてあるのか、わからないけどね。とりあえず、木の上にでも避難しておこうかな。少なくとも、あの虎に襲われる心配はしなくてすむから。


「安全を確保すると言っても、僕にできることなんてほとんどないんだけど……」


 僕の所持品は、今着ている服くらい。ポケットの中に入れていたはずの財布もスマホも無くなっている。なんてことだ。


「それに食べ物も確保しないと……。森だから何か食べるものはありそうだけど、僕には見分けがつかないし」


 周囲は草木が生い茂る豊かな森。探せば木の実くらいは見つかるだろうけど、食べられるかどうかはまた別の問題だ。まずいくらいならいいけど、毒だったら目も当てられない。


『そこは私の出番ですよ! これでも神器ですからね!』


 困っていると、ブランが自信ありげにそんなことを言った。


 神器ねぇ。でも、作ったのは怠惰な神様なわけでしょ? 正直に言えば、あんまり期待できそうにない。


『何ですか、その顔は! 私はきちんと役に立ちますよ! 本当ですよ!』


 疑いの気持ちが表情に出ていたのか、ブランがバサンバサンとページを波立たせて怒りをあらわにした。


 うーん、今のは確かによくない態度だったかな。


 たった一人の味方を不機嫌にさせてもいいことはない。すぐに謝って続きを促す。


「ごめんごめん。それで、ブランには何ができるの?」

『本当に反省してます? まあ、いいですけど……。私にできるのは、資源交換や道具作成、そしてユニット生産ですね!』

「……え、何それ?」


 よくわからないけど、そういう能力があるのかな。それにしたって、ちょっと予想外だけど。だって本なんだから、もっと本らしい能力だと思うよね。例えば、図鑑みたいに植物の詳細を教えてくれるとかさ。


「んー、ちょっと想像がつかない、かな。資源交換っていうのは?」

『資源交換は指定された資源を同カテゴリの別の資源へと交換できます。どんなものでも……とはいきませんが、大抵のものとは交換できると思います。森の中では手に入れづらい資源が欲しいときには是非活用してみてください』

「カテゴリっていうのは何のこと?」

『色々ありますよ。食品とか金属とか、ですね』


 詳しく聞いてみると、なかなか便利な能力だ。例えば、木の実を塩や飲料水と交換することもできるんだって。この能力を使えば、食の安全は確保できそうだね。


 例えば、毒キノコを拾ったとする。毒キノコがどんなカテゴリに属するのかは今の時点ではわからないけど、もし食品とカテゴライズされているのなら別の安全な食べ物と交換してもらえばいい。この場合、毒の有無を見分けることはできないけど、とりあえずブランに交換してもらうことで安全が確保できる。


 逆に食べ物とカテゴライズされていないなら、他の食べ物とは交換できないはず。交換できない時点でそのキノコは食べてはいけないものだとわかる。


 とにかく、食べ物らしきものは片っ端からブランに交換してもらって、安全な食べ物を確保するのがいいだろうね。


「じゃあさ、これを何か別の食べ物に交換できる?」


 僕が陣取っている木にも実がなっている。見覚えのないピンク色の果物だ。手を伸ばせば届く位置にあったので、一つもいでブランに見せた。


『大丈夫ですよ。でも、一個じゃ足りませんね』


 どうやら、食べ物ごとに交換ポイントが設定されているみたい。この実はひとつで0.2ポイント。交換には最低でも1ポイントは必要らしいから、五つは確保しないと駄目だね。


「五つ集めたよ。どうすればいいの?」

『今から投入口を作りますので、そちらに入れてください』


 そう言うや否や、プカリと宙に浮かぶブランのちょっと上のあたりに黒い球体が生まれた。これが投入口らしい。果物を近づけてみると、ある程度のところで吸い込むような力を感じた。手を離すと、果物は音もなく黒い球体に吸い込まれていく。


「こわっ!」

『大丈夫ですよ。指定の物以外は吸い取りませんから』


 ブラックホールみたいに近づいたら僕ごと吸い込まれちゃうんじゃないかと恐怖を感じたけど、ブランが言うにはその心配はないみたいだ。そうはいっても、怖いものは怖いけど。なるべく近づかないように、残りの果物も吸い込ませた。


『はい、食料ポイントが1になりましたよ。何と交換しますか?』

「うーん、メニューとかカタログとかないの?」

『ないです』


 交換対象にどんなものがあるのかわからないのが不便だよね。本なんだから、白紙部分に記載しておけばいいのに。


「ええと、それなら、あんパン……はさすがに無理か」

『ありますよ』

「あるの!?」


 ちょっとした冗談のつもりだったのに、あんパンは1ポイントで交換できるらしい。出してもらったら、僕がよく食べていたあんパンがパッケージそのままで出てきた。詳しく指定すれば他のメーカーのあんパンも出せるそうだ。


 資源交換……思ったよりもすごい能力かもしれない。

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