第8話 配信小学生 その後

 後日、ワタシはいつもどおり出勤する。


 よかった。リクくんはいつもどおりだ。不登校などを起こしていない。リクくんは一時期、言動を冷ややかな目で見られたという。今は「そういう人もいる」と、クラスメイトたちから思われているようだ。特別扱いされるなどはない。ただ、距離は多少置かれているようだ。とはいえ、本人は気にしていない様子だが。


三咲ミサキちゃん、三咲ちゃん!」


 放課後、山本さんがワタシにスマホを向けてくる。


たちばな先生でしょ、山本さんっ」


「ミサキちゃん先生、見てこれ!」


 山本さんが、自分の配信映像を見せてくれた。昭和レトロな曲を歌っている場面である。再生数は、まったく伸びていない。いつもの十分の一くらいだ。


「いいの。配信自体を楽しむことにしたから」


 また、懐メロばかりを歌うことによって、コメントの民度が上がったという。いつもは「うまい」「ヘタ」など、心無い意見が飛ぶ。しかし、令和育ちの子が昭和を歌うことに肯定的な人が増えたことで、客層が変わってきたらしい。


「うん。よかったね。山本さんは、すごいよ」


「でもさぁ、夢の中でワタシに昭和レトロを教えてくれたお姉さんの方が、すごかったな!」


「え、えっ? そうなの?」


 カラオケ中に寝てしまい、気がつくと家に帰っていたと語る。本当は、ワタシがおぶって家まで送ったのだが。


「あのね、その人さあ、先生にめちゃそっくりなの! 知ってる?」


「知らないなあ。ワタシは歌がヘタだから」


「でも、声は素敵よね。かっこいいよ」


「そうかな?」


 これは、褒められているのか?


「それはそうと先生! 新しい副担任の先生が来るのよね?」


「あっ。忘れてた」


 たしか前任の副担は、デキ婚して辞めたんだった。職員会議で話していたのを、忘れるとは。


 新しい先生は、明日赴任してくるんだっけ。


「いい先生だといいね!」


「そうだねぇ」


「先生はさあ、結婚はしないの?」


「どうだろう? わかんないな」


「なんかあるじゃん。学生時代とか、恋愛しなかったの?」


 ワタシは、首を振る。


「青春時代は、勉強ばかりだったなぁ」


「ちぇーつまんないのー。男子との接点とかは?」


「近所に住んでた後輩の、家庭教師のバイトはしたかな?」


 大学時代は、とにかく金がなかった。バイトもロクなものがない。親に相談すると、近所に住んでいた後輩が勉強を見てもらいたがっているというではないか。ワラにもすがる思いで、その男子に勉強を教えた。


「でも、それだけ。甘い関係とかはなかったよ」


「へえ。ついてない」


「そんなもんだって」


 ワタシにはまったく、恋愛などの予定はない。


 このまま教育者として、一生を終えるんだろうな。


 そう思いながら坂道を歩いていると、大量のリンゴが足元に転がってきた。


「うわ! すいません、取ってください!」


 坂の上には、男性が慌てながらリンゴを追っている。だが、紙袋で前が見えていない。ドジすぎる。


「はいはいっ」


 パパパっと、ワタシはリンゴを拾う。男性の紙袋の中へ、ホイホイっと入れていった。


「ありがとうございます! いやあ助かりました」


「どういたし……苺谷いちごだにくん?」


「橘さん!?」


 なんと、その青年はワタシの高校時代の後輩だったではないか。


 めっちゃ、かっこよくなってる!


「あんた、こっちに越してきたの?」


「はい。ここで職を得ました」


 大学を卒業したばかりで、この地で教職を得たという。


「そうなのぉ。がんばったね」


「ありがとうございます」


 苺谷くんのアパート前に、たどり着く。


「では、仕事の準備がありますので、このへんで」


「呼び止めてごめんね」


「いえ! こちらこそなんのおもてなしもせず! リンゴありがとうございます!」


 帰り際、ワタシはリンゴを受け取った。


 いやー、立派になったもんだなあ。でも、彼女がいるんだろうなあ、ちくしょー。



 後日のHRにて、ワタシはとんでもない人物に出会った。


「苺谷 勇作ゆうさくです。今日から、六年A組の副担任を務めることになりました。よろしく」


 おーう。まさか教え子が、副担任になるとは。


 だが、この出会いがとんでもないトラブルになることを、このときのワタシは知らなかった。




第二章 


三十路魔法少女教師の実況


完!

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