第三章 三十路魔法少女教師の初恋

第9話 副担任とオンラインゲーム

 職員会議で、苺谷いちごだにくんの紹介があった。


「ではたちばな先生、ご指導を頼みますよ」


「はい。我がクラスは生徒同士でトラブルなどもないので、対処しやすいと思いますよ」


 教頭からの指示があった後、わたしは自分の席に座る。


「いやあ、驚いたよ。まさか、キミが教師になっていたなんて」


 わたしは、苺谷くんに声をかけた。


 大学の教育学部に合格したとは聞いていたが、卒業後に同業者になっていたとは。


「連絡が遅れて、すいません。なにをやってもダメダメで、バタバタしていましたので」


 副担任に苺谷くんを交えた授業は、つつがなく進む。


 体育と工作は、苺谷くんに任せることにした。しかし、床運動ではフィニッシュですっ転び、ドッジボールをやらせては顔面にキャッチ。工作の授業では、不器用さを発揮していた。


 まだ三〇代になったばかりの苺谷くんは、クラスでも馴染んでいる。


 給食のときは、女子生徒にプリンをもらっていた。


 規則違反だとわたしが注意しても、女子のファンは増加している。


 ウチ以外の六年担任は女性か高齢者だ。苺谷くんに人気が集中するのも、仕方ないのかもしれない。わたしが小学生なら、おじいちゃん先生でも平気なのだが。


 もうすぐテストなので、問題を作っているときだった。


 ノートPCを、苺谷くんはずっと操作している。やたら真剣に。


「苺谷くんは、なにそれ?」


 わたしがのPCを覗き込むと、苺谷くんは慌ててノートを閉じた。


「いやあ、ちょっと息抜きに」


 ノートを開きながら、苺谷くんが解説をする。


「オンラインゲーム?」


 彼が遊んでいるのは、見下ろし型のRPGだ。コミカルなキャラクターが、剣や魔法で戦うタイプの、古き良きファンタジーゲームである。


「今だと、ちょっとした相談を受けていたりするんですよ。身バレ防止のために、リアルの職業とかは伏せていますけどね」


「……あ!」


 わたしは、オンラインゲームの中に、見知ったキャラを見つけた。


「この子、知り合い?」


「ああ、『マギカ・ルカちゃん』ですか?」


 そのキャラは、「ルカちゃん」までがユーザー名らしい。


「この子が、どうかしたんですか?」


「いえ。何もないんだ。カワイイなって」


 それとなく、わたしははぐらかした。


 ヘタに聞き出せば、生徒のプライベートに繋がってしまう。


「ですよね。最近知り合って、今も話していたんですよ」


 苺谷くんは、彼女の知り合いのようだ。


「この人とは、長いのかな?」


「二、三年の付き合いですかね? 橘さん、どうかしました?」


「いえ、なんでもない」


 わたしが適当に話を流すと、苺谷くんが「あっ」と。


「ダメですよ。交際しようなんて考えたらっ」


「……は?」


 この男は、何を言ってるんだ?


「この子、中身は男の子らしいんですけど、どのキャラクターより女性っぽくて。本人はセクシャリティを気にして、ソロで遊んでいるみたいなんですよ」


 どうも、あらぬ誤解を招いてしまったらしい。


 確認できたのは、苺谷くんはこのアバターの人から相談でも受けていたようだ。


「違う違う。交際相手がほしいとかじゃないから」


「……だったらいいんですけど」


 なにがいいんだろう?


「でも、この子と話せるかな?」


 苺谷くんが、「聞いてみますね」とキーを叩く。


「算数の宿題があるから、ムリだって言っています」


 相手は、小学生で間違いないかも。中学生以上なら、数学を「算数」などと言わない。


 空振りか。あるいは、相手がこちらの行動に勘づいた? いや、エスパーじゃあるまいし。わたしは、頭を振り払う。ちょっと魔法少女が万能と思いすぎていた。


「ありがとう、苺谷くん。また明日」


「……あの、橘さん!」


「なにかな?」


「この後、お時間ありますか?」


「ないかな」


 一応、溜まっている仕事はない。


「お食事でもどうですか? 安いところなんですが」


「いいよー」


 うわ、男性から誘わちゃった。

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