第8話

「それでは部屋の準備もできたようなので私たちは行きましょうか」

 ティアにそう言われ、俺達は部屋に向かって歩き出した。

「皆さんの部屋は特別階級用の部屋になります。隊長などの一人用ルームですね」

 しばらく歩きエレベーターで上へやってくるとティアからそう説明をされた。

「全部一緒ですのでお好きな部屋を選んでくださいね」

 俺達はてきとうに一部屋ずつ選び入ろうとした。

「何かありましたらまた呼びに来ますのでよろしくお願いしますね。エミリア、ウトレイル」

 そう言うとティアはエミリアを連れて歩いて行った。

「はぁ、疲れた……」

 俺は呟くとベッドに倒れ込む、思ったよりも柔らかく心地よく体が沈んでいった。思い返せば現金を交換しに行っただけだったのに現実のはずなのに突然魔獣が現れるはドロイドに乗ってそれと戦い更にドロイド同士の空戦、異世界からの来訪者、超ド級潜水空母ザラタン・セカンドの存在にNPCレベルの正規兵との演習。現実ではありえないことが続いていた。

「とりあえず寝よう」

 ゆっくりと目を閉じ、しばらくすると一切の思考を切り捨て深い眠りへと沈んでいった。ゲームとは違い体はしっかり疲労するらしかった。

 東南アジア、密林の奥深く。人目を避けるように建てられた研究所がそこにはあった。今そこへ一機のフライキャリアが着陸し搭載コンテナから片腕を失った黒いドロイドが姿を現した。

「おやおや、腕だけでなくフライトユニットまで損傷。しかも目標の捕獲も失敗と全く使えませんね」

 眼鏡をかけたガリガリの白衣姿の老人が損傷した機体を眺めている男の元へと話しかける。

「うるせぇ、根暗科学者。こっちだって他にドロイドが居るなんて聞いてなかったんだ」

「言い訳とは見苦しいですね」

「次は負けねぇ!! そこまで言うんだ、例の装備もう使えるんだろうな?」

「もちろんです、修理のついでに装備しておきますのでどうぞ扱えるよう資料を読んでおいてください」

 男は老人を睨みつけ、その場を去っていった。

「おぉ、こわいこわい」

 正直エルフが手に入らなかったのは残念だがこの前手に入れた獣もストックはある。実験、研究には問題ないだろう、老人は研究所に戻り檻の中の実験動物達を見ながら奥へと進んで行く。

「エルフは、手に入らなかったのね」

 そこには赤い肌に人間でいう白目が真っ黒で禍々しい金色の瞳、そして白髪に額から延びる二本の角。本人曰く自分は魔人種というらしい。

「これはこれはアザリア様、残念ながらエルフの入手には失敗したようですが心配には及びません。まだ獣のストックはありますしこの周辺にどうやら転移してきた奴もいるそうです」

「それはダークエルフだ、純粋種のエルフが欲しかったのだが、まぁいい回収はできるのだろ?」

「はい、すでに回収部隊を編成すぐにでも出撃させる予定です」

 アザリアはフッと鼻で笑った、あまり期待されていないようです。

「必要なのは血だ、最悪今ある在庫だけでもどうにかなる。殺さないよう調整が必要だから時間がかかるがな」

「ならば、別に急がなくてもいいのでは?」

「嫌よ、こんなむさ苦しい場所早くおさらばしたいの。あんた見たいなまずそうな男ばっかなのも嫌ね」

 確かサキュバスだったか? この女魔人は性を貪るという種族とのことだった。現在はその異世界の知識を提供してもらう契約で研究に付き合わせているだけなのだ。

「しかし科学と魔法の融合、これは素晴らしい技術ですよ! 世界をひっくり返せる。核なんぞに頼る旧時代なんぞ目じゃない」

「ベレス教授、貴方達以外にもこの技術を持ってる組織は居るのでしょ? ホントに大丈夫なの?」

「もちろんですとも、まぁ向こうは保護とかほざいて科学の進歩に消極的ですから。万が一にも我々が負けることなんてございませんよ」

「でも、今さっき負けてエルフも逃してるじゃない」

「それはドロイド技術のみで挑んだからです。アルケミーアームズを駆使すれば全く問題ないはずです」

 ならっさっさと使えっつぅの……

「まぁいいわ、ダークエルフも血や身体的にはエルフとほとんど一緒だし。実験には使えるから今度こそ、失敗はしないでね」

 下半身で物事を考える下級魔族の癖に偉そうな。まぁ技術は必要だし今は従いましょう。

「もちろんです。お任せくださいませ」

 ベレスはゆっくりとお辞儀してみせた。その研究室の床にはそういう施設には似合わない魔紋と呼ばれるようなものが赤い何かで描き廻らされ中央に何かを作る機械、壁には人一人が入りそうなカプセルが複数設置されている不気味な施設となっていた。

「そういえば、あの黒いやつのパイロット。アデルでしたっけ? あれは食べてもいいのかしら?」

 ふとアザリアが呟く。

「ああいう好戦的なのが好みなのですかな?」

「あれなら食べてもいいかなって?」

「今は勘弁してください。失敗したとはいえ一応この施設のエースではあるのです、今殺されては困りますよ」

「あら、殺しなんてしないはよ?」

 そうは言うが実際こやつに性を吸われた男は使い物にならないどころか再起不能なまでに消耗して廃棄するしかなくなってしまった実績があるのだ。

「それに今のやつは負けたばかりで気が立っておりますゆえ」

「エースを負かしたパイロット、ちょっと興味あるかもね。フフフ……」

 これだからサキュバスは、契約があるとはいえろくでもない種族だ。

「まぁそれよりも、試作装備の完成を急ぎましょう。上からの催促がうるさくて……とりあえず試作品だけでも渡さなければなのです」

「わかりましたよ、無理させるから何人か死んじゃうかもしれないけどいい?」

「構いませんよ。また捕まえればいいのです」

「それでは始めましょう」

 二人は周囲に居る研究員に合図を送り早速新作の製造を開始するのであった。

(今なら見逃す、だから帰れ!)

 格納庫に収納され装備やパーツが一度外され修理と整備の始まった愛機、レイカーを見上げながら昼間の戦いを思い出す。奴はレクティスの空戦仕様、本来は空戦機のレイカーの方が有利のはずだった。

「クソがっ」

 だがアデルは負けたのだ。つまらない現実を、全てを投げ捨てヨハネに飛び込みこの基地のエースにまで上り詰めた。せっかく楽しくなってきたのに台無しだった。

「何が帰れだ、偽善者ぶりやがって次あったら絶対殺す……あの声わすれねぇからな」

「アデルさん、レイカーの修理と装備の件なんですが……」

 整備班の一人だろう男が話しかけてくる。

「あぁ? 新兵器とやらを試すんだろ? かまわねぇからやってくれ、どんな装備だろうが武器だろうが使いこなしてやる」

 二度目の負けは許されない、もう後が無いのだった。アデルはコンテナを思い切り殴りつけ、その場を去っていった。

 どれくらい寝ていたのか、ふと目が覚めた。周りを見ると白を基調とした奥にシャワー室、一人用の机にベッドそれにちょっとした物置がある見慣れない部屋だった。

「そっか、俺はザラタンに乗ってて……」

 体を伸ばしながらゆっくりと起き上がる。するとチャイムのような音が鳴った。

「ティアです、お目覚めですか?」

「はい、今開けます」

 部屋の扉を開くと両手に何かを持った猫耳と尻尾を生やした女性、ティアが立っていた。

「おはようございます、よく眠れましたか?」

「はい、思ったよりぐっすりと」

「それはよかったです。こちら着替えになりますので使ってください」

 そういえば気にしてなかったが、パイロットスーツを脱ぎ捨ててそのまま寝てしまったようだった。つまり下着姿でティアさんの前に出てしまった……

「すみません、お見苦しい姿で……」

「いえ」

 フフっとティアは笑ってみせた。女性にこういう恰好を見られるのは恥ずかしいものだ、相手が美人だったのが更にタチノ悪い。

「食事の準備もできていますので支度ができましたら出てきてくださいね」

 そう言うとティアは部屋から出て行った。俺はため息をついて再びベッドに倒れ込むのであった。

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