第27話 どっちがいい?


「なあ、歌流羅。紅玉は男と女どっちが好きだと思う?」


 背後から投げかけられた言葉に歌流羅は書類を整理する手を止めた。


「やはり男の方がいいだろうか?」


 椅子に腰掛けた藍影の表情は真面目そのもの。聞き間違いではなかったと歌流羅は頭痛を覚えた。


「どういう意味でございましょうか?」

「斎では異性愛が盛んで、同性愛は珍しいと聞いたから男体になってみたんだ。何て言うか、反応がいまいちなように思えてね」

「……それで、わたくしの意見を聞きたいと?」

「そうだ。君の目から見た紅玉を教えて欲しい」


 歌流羅はじとっとした目で藍影を見た。見慣れた美貌はいつもと同じ。自分の言っていることに間違いや疑問はないと一寸たりとも曇ってはいない。いや、それよりも正しいと信じ切っている。先代と歌流羅が全肯定で育ててきた弊害がここに表れたようだ。


「なぜ、男体になったのか不思議に思っておりましたが……。まさか、花嫁御前が好きだと言ったらずっと男になるつもりだったのですか?」

「というならそのつもりだ。別に性別にこだわりはないから」


 それは分かっている。龍帝にとって性別とはただの形にすぎない。精神に合う性別を選ぶのが通例で、歌流羅としても藍影の性別は男でも女でもどちらでも構わない。玄琅のように幼児の姿でもいい。白慈のように気分で変えてもいい。

 ただ、それが藍影の意思ではないことが気がかりだ。紅玉が喜ぶからという理由で行動してほしくない。


「……そうですわね。わたくしから見て花嫁御前は特に性別を気になさっている様子はありませんでしたわ」

「ううん、歌流羅もそう思うか。でも、はたから見たらやはり男の方がいいかな? 男女のほうが夫婦っぽいし」


 いやいや、話が飛躍しすぎだ。歌流羅はでかかった言葉を飲み込んだ。


「これからも男になるなら服を買いに行きたいな」

「今回のように白龍帝にお借りするよりかは自分で持ってた方がいいですものね」


 藍影の市井へ行った時の格好は全て白慈から借りたものだ。もし、紅玉の恋愛対象が男性なら藍影は宣告通りずっと男体のまま過ごすつもりである。その場合は普段着、仕事用の服を一式揃える必要がある。


「申し上げました通り、花嫁御前は特に性別を気にされておりません。青龍帝の好きな格好でよろしいので?」


 歌流羅は息をつく。紅玉と出かけて帰ってから、真剣な表情で何かを考えているのでずっと悩み事かと思っていたが内容はくだらなすぎた。仕えていた主人は半神半人であれど四龍帝の中では断トツに賢い部類に入ると思っていたため少し悲しい。


「わたくしよりも花嫁御前に聞いたらどうです?」

「どちらも素敵だと言われた」


 藍影は即答した。眉間にしわを寄せているがどことなく嬉しそうである。紅玉に褒められたのがそんなに嬉しいのかと歌流羅は呆れ果てた。 藍影の色々な顔を見ることは楽しいが、ここまで腑抜けた姿は正直言うとみたくはない。意地悪だと罵られようが歌流羅の仕事は藍影の補佐。このだらしない表情を引き締めるべく、しまっていた言葉を吐き出した。


「振られたことを自覚なさったらどうですか?」

「振られてない!!」


 途端、藍影は机に突っ伏すと大声で叫んだ。うるさいと歌流羅は耳に手を当てる。


「振られたでしょう」


 残酷に思われようがもう一度、現実を突きつける。また大声がくると思われたが藍影は蚊よりも小さな声量で「振られていない」と反論した。


「……なぜ、お前が知っているんだ」

「花嫁御前がお話していましたわ」


 正しくは暁明との会話を側で聞いていた。市井での散策に着いていく気満々だった暁明は、置いていかれたことが悲しかったのか戻ってきた紅玉にどこにいったのか、何をしていたのかを根掘り葉掘り聞き出そうとした。

 暁明の言葉が理解できない紅玉が歌流羅に通訳を頼んだ末、事の顛末を知ることができた。


「花嫁御前のお気持ちも察してあげてくださいませ」

「あれは本心ではないはずだ」

「本心と建前と言うものがございますわ。ここの生活が楽しいけれど、青龍帝のお側にいると迷惑をかける。なら、出ていった方がいいとお考えなのでしょう」

「それは無理だ」


 きっぱりと言った藍影に歌流羅は「まさか」と顔をしかめる。


「居住先をまだ決めていないのですか?」

「ここに残るんだから必要ないだろ」

「残らない場合はどうするんです?」

「残る。残らせる」


 歌流羅は頬に手を添え、藍影を見下ろした。


「……わたくし、青龍帝がいかに手段を選ばないお方なのか今ようやく理解しましたわ」


 顔を持ち上げた藍影は口角を持ち上げた。


「欲しいものはどんな手段を使っても手に入れろと言われている」

「どなたに?」

「母上に」


 ああ、なるほど。歌流羅は遠い目をする。


「そういうことでしたら白龍帝に相談なさってはどうです? 心配しておりましたよ」


 蜘蛛の巣にかかった蝶状態の紅玉を救い出す手段を歌流羅は持たない。それに、こんな恋愛相談に付き合うほど彼女も暇ではない。ここは恋愛話大好きな白慈と恐らく玄琅も付いてくるのでその二人に任せようと考えた。


「そういえば白慈達はどうしたんだ? 市井で別れた後、国に戻ったのか?」

「あのお三方が素直に戻ると思いますか?」


 にっこりと笑顔を浮かべて告げると藍影は冷や汗を流した。あの三人の気配がないため、帰国したと思っていたが忘れていた。あの三人は自分ほどではないが隠遁の術を使えることに。


「花嫁御前のお部屋で談笑しておりますわ」


 藍影は立ち上がった。顔はみるみる強張っていく。


「あいつら……」


 絞り出された声に歌流羅が反応を返す前に、藍影は部屋を飛び出て言った。その拍子に机に積まれていた紙の山が崩れ、床に広がる。

 足元を隠す白色に歌流羅は頭痛がする眉間を抑えて、長いため息を吐いた。

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