第28話 三人と紅玉
「ねえ、花嫁ちゃんはここに残る気ないの?」
甘い蜂蜜色の瞳がまっすぐ紅玉を射抜く。
やわらかな言動だが声の主はこの世界の一端を支配する白龍帝。紅玉は緊張から縮こまりながら首を左右にふった。
(なぜ、四龍帝のみなさまがここに……)
藍影の好意で与えられた自室は、斎で過ごしていた部屋より広いが大人三人と子供一人が入れば狭い。白慈と玄琅に挟まれ、臥台に腰掛けていた紅玉は生来より白い顔を更に青くさせて俯く。
それを哀れに思ったのか離れた位置で我関せずの態度を貫いていた朱加が仕方ないといいたげに口を開く。
「おい、そろそろやめてやれよ。お前らに挟まれてビビってんじゃん」
「ほう、お主が助け舟を出すなど珍しいな」
からかうように玄琅が笑う。
「だってよ。そいつをからかうと
「からかうから駄目なのよ」
白慈がため息をつく。
「というか、しゅうちゃんは花嫁ちゃんを攫ったから藍ちゃんは怒ったんでしょ」
「攫ってねーよ。話するのに連れて行っただけだ。あと、しゅうちゃん呼びはやめろ」
「それを攫ったっていうのよ」
ね? と白慈が紅玉に話しかける。朱加に対して棘がある態度は一転して穏やかなものになるので紅玉は少し安心する。問いかけには肯定せず、曖昧な笑みだけ返した。
「どうせ、花嫁ちゃんがここに残らないのもしゅうちゃんが意地悪言ったからでしょ」
「意地悪って……じいさん、お前また心読んだのかよ」
「読んでしまうもんは仕方なかろう。読まれる方が悪い」
「そうよ。嫌なら閉心術をかけばいいじゃない。それで、なんて言ったの?」
朱加は舌打ちするとそっぽを向く。
話す気がない態度に苛立ったのか白慈は器用に片眉を持ち上げる。
「ねえ、花嫁ちゃん」
紅玉は肩を跳ねさせると白慈を見上げた。
「しゅうちゃんに何て言われたの?」
「えっと……。少し、お話を」
「どんな?」
「いつまでここにいるのかと」
「おい! 余計なこというなよ!」
「しゅうちゃんは黙って。それで、花嫁ちゃんはなんて答えたの?」
まるで尋問だ。紅玉は手汗をかく拳を握りしめる。失礼なことを言わないように言葉を整理しつつ、言葉を発する。
「残る気はありません、と」
「なぜ? 藍ちゃん、悲しむわよ」
「……私がいるとご迷惑になりますから」
「迷惑だなんて思ってないわよ」
「そうじゃそうじゃ。青龍はおぬしをいたく気に入っておる。そうでなければ、もうとっくの昔にお主を現世へと返しているはずじゃ」
白慈は何度も頷く。
「藍ちゃんは優しいようで意外と厳しいのよ。気に入らない人間に必要以上に優しくなんかしないわ」
「そうじゃな、あやつは厳しいな」
しみじみと玄琅が呟く。
紅玉は首を捻った。出会った当初、藍影は気難しそうに見えたが話してみると優しく、小さなことでも紅玉を気にかけてくれた。厳しいという言葉は似合わないのに、と思っていると玄琅がふっと笑う。どこか悟ったような笑みだ。
「あやつの話を聞きたいか?」
聞きたい、と紅玉が思うと考えを読んだのだろう。玄琅は笑みを深めると「さて、どれから話そうか」と悩ましげに腕を組む。
「おぬしは勘違いしているようだからな、現実を教えてやらなければ」
「あら、怖い。玄ちゃんたらなにを話すつもりなのかしら」
「こやつはなにやら勘違いしているからのぅ。恥ずかしい話にあやつの秘密。色々あるな」
白慈は「いやだ」と楽しげに笑いながら紅玉の目を覗き込む。
「花嫁ちゃんはどんな話が聞きたい?」
「えっと、そういうのはあまり……」
紅玉が首を振ると玄琅はつまらなそうに唇を尖らす。
「お主は本当に裏表がないの。本来の人間というのは他人を指すのが大好きな生き物じゃぞ。口では興味がないと言いながら心では興味津々。表では味方をするが、裏では悪口を言いふらす。 それが人間というものだ」
「……本当に興味はないのかと言われれば、それは嘘になります。藍影様の幼き頃の話は大変興味がありますが、それを藍影様がいない時に聞くのはあまり……」
「えー、でも藍ちゃんがいたら絶対に聞けないし、言ってもくれないわよ」
「それでも構いません。藍影様が嫌だと思ったのでしょう。私は藍影様を困らせたくはありません」
ほう、と玄琅はわずかに目を細める。
「儂らは人間の過去を視ることができる。不平等だと——……とも思わぬか」
「すごいわねぇ。人間って、こういう子もいるのね。最近、嫌なやつばっかだから新鮮だわ」
白慈は「あ!」と両手をあわせた。
「ねえねえ、藍ちゃんところが嫌ならあたしのところに来ない? 美味しいお菓子いっぱい作ってあげるわよ」
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