第17話 談笑
「やっと、帰ってきたわい」
待ちくたびれたと言わんばかりに言葉が投げられた。その言葉がどこから来たのか探るべく、紅玉は担がれた状態で周囲を見渡した。炎が消え去るとまた薔薇園に戻ってきたが藍影の姿はなく、見知らぬ二人が待ち構えていた。
妙齢の美しい女性と美少年だ。二人は紅玉の姿を捉えると似た金眼を輝かせた。
「話し込んでた。時間稼ぎありがとよ」
朱加は紅玉を地面に下ろすと二人の元へと近付く。
「こいつは、いずれここを去るそうだ」
「ほほう、
どこからどう見ても可愛らしい少年なのに、爺臭い物言いだ。
「あなたが花嫁ちゃん……?」
波打つ銀糸の髪に神秘的な金眼を持つ美女は、紅玉が頷くのとほぼ同時に泣き崩れた。目や鼻から水を垂らして、白い肌を赤らめてむせび泣くので紅玉はぎょっとする。
「あ、あの……」
懐をまさぐり、見つけた手巾を差し出すと美女は更に泣き叫ぶ。
「うわぁぁあん!! ごめんねぇ!! こんな優しい子にあたし……!!」
「うざ」
朱加が吐き捨てた。うんざりだと顔に書いてある。
「しゅうちゃんたら酷い!」
「しゅうちゃん呼ぶな。朱加様と呼べ」
「あたしのほうが白龍帝になって長いもん! しゅうちゃんなんてたかが七十歳の若造じゃない!」
まさかの発言に紅玉は驚く。どう見ても十代後半にしか見えない朱加より年上とは? それに今、白龍帝と名乗らなかったか。
「あの、青龍帝様のお客様って」
「儂らじゃな」
少年が自分を含む三人を指差した。
「黒龍帝、玄琅。そこの表情が凄まじいのは白龍帝、白慈。それは朱加」
「俺だけ適当かよ」
「お主は夏国で名乗ったのだろう? この娘が朱加様と仰々しく呼んでおったぞ」
紅玉は口を抑える。呼んだ記憶はない。無意識のうちにつぶやいてしまったのだろうか。
粗相をしないように、と自分に言い聞かせていると朱加が紅玉の肩に腕を回した。
「この爺さんさ、見た目は無害のくせして実害ありまくりだから気をつけろよ。今みたいに勝手に心を読むぞ」
そうよ、と白慈も同意する。
「玄ちゃんって長生きしすぎて娯楽に飢えててねぇ。楽しそうな事があると首をつっこんで場をぐちゃぐちゃにしちゃうのよう」
「長く生きるとつまらなくてのぅ。今回の賭けは儂の圧勝じゃったな」
「はあ? お前らさ、俺達を賭けてたの? 藍影止めてくれてたんじゃねぇのかよ!」
「止めておったさ。一刻は足止めしてやっただろう?」
目の前で繰りだされる会話を聞きながら、紅玉は藍影と暁明の姿を探した。紅玉のような下等な存在が、この世で最も高貴な四龍帝と同じ場にいるなど不敬でしかない。今すぐ逃げてしまいたいが、それもまた不敬な行為に該当する。誰かがこの場から去れと命じてくれれば、下がることができるのだが、三人は和気藹々と会話を続けた。
(青龍帝様はどこに……)
「青龍なら小鳥を連れて、夏国へ向かったぞ」
心を読んだのか、玄琅が楽しそうに言った。
紅玉より先に朱加が反応する。
「あいつ、夏国に向かったのかよ」
「そうよ。花嫁ちゃんを取り戻す! って行っちゃった」
「あいつって馬鹿だったんだな」
感慨深そうに朱加はつぶやく。
「目印つけたの半神半人でも分かるだろ。あいつの領域なんだし」
「青龍は気付いておったぞ。気付いていたが迎えに行ったほうが早いと判断したのだろうなぁ」
玄琅はくつくつと喉を鳴らす。
「気に入られておるなぁ。花嫁よ」
「えっと、良くしてもらっております」
視線を外して答えると玄琅は更に愉快そうに笑う。
「そうかそうか。ほれ、飴ちゃんをやろうな」
「あ、ありがとうございます」
差し出された包みを受け取ると白慈が「あ!」と声を上げた。
「駄目よ! 食べちゃ駄目!!」
紅玉の手から包みを奪い取ると首を振る。
「あたしが作ったの。花嫁ちゃんが食べたらまた倒れちゃうわ!」
「大丈夫じゃろ。身体も馴染んできたようだし、飴ぐらいでは倒れん」
「え、本当? ならどーぞ!」
ころっと表情を笑顔に変えると白慈は紅玉の手に包みを置いた。
「花嫁ちゃんがまた倒れたら藍ちゃんが悲しんじゃうもの」
「あいつ、めっちゃ慌ててたらしいな。俺も見たかったぜ」
「歌流ちゃんにお願いしたら記憶覗かせてくれるかしら?」
「「無理だろ」」
玄琅と朱加は揃って答えた。藍影の補佐官である歌流羅は自分達を嫌っている。仕事ならともかく、こういった私事には絶対に関わろうともしない。
しかし、白慈は藍影の慌てっぷりを見てみたいらしく、どうにか歌流羅を説得できないかと思案に暮れている。玄琅としても面白そうなので最後まで付き合いたいが、僅かな空気の揺れを感じて諦めることにした。
「白龍よ」
「なぁに? 玄ちゃん」
「そろそろ儂らは退散するとしようか」
「えー! もっと花嫁ちゃんとお話したいのに!」
その我儘に玄琅は困った風に笑いながら薔薇園と御殿を繋ぐ鳥居を指さした。紅玉もつられて鳥居を見て、灰色の瞳を大きく見開く。肩で息をする藍影と、その肩に止まって泣く暁明。赤髪の青年の姿があった。
「うわっ! なんで親父が」
朱加がだらだらと汗を流しながら「最悪だ」とこぼす。
親父と呼ばれた赤髪の青年は、米神にいくつも血管を浮かせると大股で薔薇園を歩いて近づいてくる。
「あら、これは退散した方がいいわね」
「じゃな。儂らにも火の粉が降りかかる」
白慈と玄琅は囁き合うと朱加を見捨てることにしたようだ。
「花嫁ちゃん。また会いましょうね」
「ではな。赤龍の倅よ。半殺しで済めばいいな」
紅玉に手を降ると玄琅は水のように、白慈は鉱石が砕けるように姿を消した。
「紅玉、なにかされなかったか?」
足早に近づいた藍影は紅玉の全身を眺めると怪我はないと気付いたらしく、安心したように息を吐く。紅玉は頷いた。
「お話をしていただけですので」
「どういう話だ?」
「えっと、色々なことを」
紅玉は言葉を濁した。
「色々? 例えば?」
納得いかないのか藍影が再度、問いかけてきた。どう答えるか迷っていると丁度良く、朱加の太い悲鳴が響く。
驚いた紅玉がその方向を見ると朱加の頭にはでかいたんこぶが一つ。親父と呼ばれた青年が拳を叩き落したようだ。
「おい! 藍影! お前、なんで親父を連れてきたんだ!!」
「人の花嫁を攫っていったのだから赤斗にも報告するだろう」
「親父が厳しいの知っているくせに!!」
「厳しいのを知って、行動したのだな?」
青年——赤斗はまた朱加の頭に拳をめり込ませる。鈍い音に紅玉は目を閉じた。
「藍影、こいつがすまんな。きちんと罰するつもりだ」
「こちらこそすまないな」
「いや、これの躾も親の仕事だ。玄琅と白慈も共犯だろう。後で俺から叱っておく」
「それはありがたい」
赤斗は朱加の衣装の襟を掴むと紅玉に向かって頭を下げた。
「花嫁殿。此度は、愚息がご迷惑を。後日、お詫びに伺います」
「あ、いえ、大丈夫ですので」
「赤龍帝としての勤めですので。では、失礼を」
言い終わると同時に赤斗は神術を発動させる。猛々しい炎が二人を包み、すぐに消え去った。
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