何故にいつもお人好し

「――まあ家賃のことは心配ない。最終的には兄が何とかしてくれるだろう。金などどうとでもなる」

「じゃあ、」

 

 ロビンは人差し指を立て、頭上で豆電球が点滅しましたと言わんばかりの冴えた顔をした。


「僕らも旅に出ようよ。シャーロック」

「は?」シャーロックは唖然として眉をひそめる。

「意味が分からん。あいつらが旅に出ると俺達も旅に出なきゃいけないのか」

「じゃ、ここで馬鹿共に迫害されながら朽ちるのを待つ気かい?」

「いや……」

「なら、選択は一つだ。いっそ探偵の君は死んじゃったことにしてさ、例えば助手君に『名探偵ホームズは海外で悪党と対決中に死にました』っていう本を書いてもらうなんてどうだい。ねえ、こんな状況にならないと行いを正せない馬鹿共をいつまでも喜ばせてやる必要はないじゃないか。出かけようよ。連続バラバラ密室殺人事件と同じくらい刺激的な旅に出よう」

「お前こそ無理矢理だな。まあ気遣いはありがたいが、」

 

 止めておく、と言いかけた所でシャーロックは口を閉じた。ロビンが驚くほど真剣な目で睨んで来たからだった。


「いざとなったら催眠術をかけてでも引っ張って行くからな。こっちは君を心配して言っているんだぜ」

「しかしお前、棺はどうするんだ。あの薄らデカいのを持ち運ぶつもりでいるのか?」

「まさか。持ち運ぶのは墓地の土だけさ。ポフリみたいに小袋に入れたのを枕元に置けば何処だって寝られる。今の時代、ヴァンパイアは皆そうしてるよ。それで、いつ出かける? 君の希望は?」


 ロビンはシャーロックのノートPCを拾って電源を入れた。パスワードなど何のその、指をパチンと鳴らして勝手に解除し、フライト情報のサイトに接続する。もう何を言っても止まらぬであろうその勢いに圧され、シャーロックは“降参”と手を挙げた。


「明日なら良い。行先は日本だ」

「良くない。僕はフランスが良い。あと明日なんて急過ぎる。君は僕が夜しか動けないってこと、忘れているだろう。僕は留守の間に棺を見ていてくれる奴を探さなきゃいけないんだぜ」

「おいおい、都合を聞いたのはお前だろう。それに、次の満月まであと九日しかないんだぞ。俺は少なくとも一週間は現地で下調べをする必要がある」

「調べるって、土地を? 人を?」

「人だ。何処へ行こうがそれだけは守りたい」

「あーあー。君は本当にいつもいつもいつも。あんな馬鹿共のために悩んでやるなんておかしいよ」


 ロビンは青光りする画面を見つめたまま、虚ろな声で口ずさんだ。


「何故にいつもお人好し、ニュー・ジャックの狼男ウルフマン……」


 シャーロックは無言だった。膨らんだ紙挟みの間からようやく見つけ出したマッチで、ひしゃげた煙草に火を点ける。

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