第18話 私戦の始まり


 現場に行くと話の全容が見えてきた。


 砂金が連れ出された先は、霊仙学園の敷地の一番端にある第一体育館のすぐ裏だった。

 国立霊仙学園の敷地面積は広大だ。


 敷地の外周にあたるような場所は殆ど人の目が無くなる。


 案の定、その空間には偶然通りかかるような人物はおらず


「ようやく来たね。砂野」

「待ってたよー会長!」


 連城康人とその横に立つピンク色の髪の少女、高坂ルリが砂金を待ち受けていて


「……砂野君」


 そしてどれだけ痛めつけられたのだろう、体の至る所を傷つけたアイが

 砂金の前に転がっていた。


「小豆川!?」


 とっさに砂金はアイに駆け寄る。


「……ごめん。嵌められた」


 砂金が駆け寄り助け起こすと蚊の鳴くような声でアイは告げた。


 指先まで一切力が入っていない超虚脱状態。


『致命加護』は発動すると極度の虚脱状態に陥る。


 それを複数回受けると命に別状はないがこのように指一本動かせない状態にまでなるのだ。


 どれだけ『致命加護』を発動させればこうなるのだろう。


 加えて『致命加護』は致命傷しか救済しない。


 身体の至る所に刻まれた生傷。


 一体アイはこれまでどれだけ痛めつけられてきたのだろう。


「連城……、お前は一体何を……?」


 怒りでまともに話すことが出来ない砂金に連城は饒舌に語りだした。


「いや何、僕の指示に従わなかったから教育したまでさ」


 連城は口角を吊り上げ得意げだった。


「何せ小豆川は今日から僕のつがいになるのだから、僕の言うことを聞いてもらわくては困る」


 アイが連城のつがいになる。

 そのワードに砂金のこめかみの血管が怒張した。


「おやおや、何もいきなりの話ではないようだよ。いやこれは僕もつい先日聞いた話だが、小豆川の兄の慎太郎君が僕ら連城財閥の会長、連城貞人に必死に手紙を送っていたようだよ?」


 小豆川慎太郎とは、アイの兄なのか。


 詳細不明の人物の背景が分かり事態が少し明るくなる。


「当然、今回の件のきっかけになった男。慎太郎君もここに来て貰っている。彼だよ」


 視線を上げると連城が顎で指し示す先に小太りの男が立っていた。

 アイのこの世の物とは思えない美貌とは対照的で、髪は脂ぎり、体はたるみ切り、服もダボダボ。全てが洗練されたアイの兄とはとても思えなかった。


 慎太郎はアイがボロボロにされてしまったことに驚きつつも、自身の正当性を主張せんとその瞳をピクピク痙攣させながら砂金を睨み返していた。


「この男は、砂野、君が愚かにも小豆川を好いてしまったがため、勘違いしてしまったらしい。この小豆川アイには我々大財閥の御曹司に嫁ぐだけの価値があると。それだけの価値がある女が自分の血統の中にいると」


 背後から切り付けるようなセリフに慎太郎の小さい目が動揺で震えた。


「そして実際に小豆川は砂野財閥の御曹司たる砂野とつがいになった。結果、案の定、ランク低下で落ちる支給金。そこでこの男は一計を案じたわけだ。つまり、我ら大企業の嫁になるほどの価値ある小豆川なら、どうせなら『連城財閥の御曹司にくっつけようと』」


 それで何十という手紙を書くとは心底見下げ果てるほど馬鹿なものだ、社長の目に入るはず

がないのに、と連城は続ける。


 だがそこまで言うと連城は肩を竦めた。


「しかし彼はこの賭けに勝ったんだ。何十という下らない手紙、それは偶然に偶然が重なり秘書の手から社長の目に入った。自身の妹を是非連城康人のつがいにしてやって欲しいという手紙がね」


 アイの部屋にあった青い便箋は、内容を変え、連城財閥の元へも向かっていたのだ。


「そしてお父様も鬼ではない。愚かで浅はかなこの男の願いを受け入れてやることにした。こ

れはそこにいる小男の願いでもあるんだ。言ってみればこれは慈善活動だよ」


 余りに下らない話に砂金の眉間にしわが寄った。


「なんだその表情は!? お前が悪いんだろう!?」


 するとたまらず慎太郎はがなりたて始めた。


「もとはと言えばお前がうちのアイにちょっかい出し始めたのがいけないんだ! お前がアイとつがいになり始めたおかげで俺たちの家に入る支給金が100万に減っちゃったんだぞ? 僕たち家族は全員アイの支給金で喰ってるんだぞ!? お前100万で何が出来るか分かってるのか!?」


 言い出したら止まらなかった。


「俺だってま、まさかアイがこんな目に合うなんて思わなかったさ! 知らなかったんだ!

でもアイも悪いんだ! 今までよりもランクの低い相手につがい乗り換えると言い出して、止

めたのに、再三送ったメールも、手紙も無視した! これは俺の言うことを聞かなかった罰で

もある! そしてなにより悪いのはお前だ! 無能のくせにうちのアイにちょっかい出しやがって! アイは我が家の宝なんだぞ! 無能が移ったらどうするんだ! 見たぞお前のことは検索して色々もう知ってる! 砂野黄金の出涸らしで取り立てて才能のない無能なんだろ!? そんな奴は世界の隅っこで生きろ!」


「ハッハッハ、子豚にしては立派な口上だ。どうだ、なかなかな性格してるだろ砂野。十八になってバイトもせず親の脛かじって生きてんだ。ならお前が稼げよなぁってな。兄ってのは弟妹の幸せを応援しなくてはならない生き物だ。コイツがクソな性格しているおかげで僕もかなり迷惑したんだ」


 言って、連城は自身のワイシャツをはだけて見せた。

 そこには色濃い殴打痕が残っていた。


「小豆川にやられたのさ。本当は兄を人質に取り無抵抗なところを致命打だけ与えて無力化する予定だったんだが、兄が人質に取られているというのに、かけらの愛着もないのだろう、小豆川は暴れまくったからな。おかげで僕も怪我を負ったし、戦闘となると致命傷だけを、とはいかない。だから小豆川がボロボロでいるわけだ」


 連城は服を着なおした。


「つまりはこのボロボロの小豆川はどちらかというと兄妹の信頼関係がないから起きた結果だ。そして人質としても満足に働くことが出来なかった子豚の話は、もういいんだ」


 連城は腕を一振りし強烈な暴風を発生させた。

 そして生まれた暴風が慎太郎を直撃する。


「うわっ」


 慎太郎はあまりの暴風に立っていられずよたよたと後退すると体育館の壁に背を預け尻餅をついた。


 不快な物を視界の端に追いやると連城は砂金を見据えた。


「砂野、見ての通り小豆川は兄を人質にしているからここ、第一体育館に来るようにという僕の指示をきかなかった。だからこそそこで虫の息となっているわけだ。そして、小豆川がなぜ抵抗したか。その理由は分かるか。砂野?」


 砂金が黙って言葉を選んでいると連城はめちゃくちゃなことを言い出した。


「お前がつがいだからだよ。そしてどうやら僕はそこの慎太郎君の願いを叶えるためにも小豆川のつがいになった方がいいようだ。そうなると砂野。お前がつがいのせいで小豆川が僕の指示に従わないのは、非常に困る。だから僕は君に相談事があるんだよ」


 どうせろくな相談ではあるまい。

 砂金が身構えるが連城の放った言葉は砂金の想像を超えていた。


「砂野。お前は小豆川とのつがいの座を降りてくれ」

「――――ッ!?」


 瞳孔が一気に散大するのを感じた。


「お前、何を……ッ!」


 しかし砂金の変化など一顧だにせず連城は語り続ける。


「何をって仕方がないだろう。結局はつがいは両者の合意だ。横取りは出来ない。小豆川が僕とつがいになることを了承しなければならない。だが小豆川はお前とつがいでありたいと思っているようだ。その呪いを解くにはまずはお前の方から梯子を外して欲しいのさ。そうすればこの女の考えも次第に変わるかもしれない」


 一気に言い終えると連城は砂金の瞳を真正面から捉え、問うた。


「どうだ聞き入れてくれるか?」

「そんなの、聞き入れられるわけないだろ……」


 あまりに身勝手な相談。

 アイをこんなにも痛めつけておいて、つがいになるために砂金につがいをやめるよう迫る連城のありようはこの世で最も邪悪な存在のように思われた。


 怒りで全身の毛が逆立つ。


「……ふざけるなよ……ッ!?」


 砂金が怒りで声を震わせながら返すと、顔を俯かせる連城はニィっと白い歯をのぞかせた。

 なぜそんな表情をと砂金が瞠目していると満を持して連城は宣告した。


「ならば砂野、僕はお前と『戦わなくてはならないな』。小豆川のつがいの座をかけて」


 と。


「――ッ!」


 突如突き付けられた言葉に砂金は息を呑むがそんな砂金を無視し連城は淡々と告げていく。


「お前が拒否するのなら、力づくでも小豆川のつがいの降りるようお前を『心変わりさせる』しかあるまい」


 連城は準備体操のように肩を回し――


「それに小豆川は強い奴をつがいにするんだろう? もし僕が圧勝すれば、それこそ彼女の方から心変わりするかもな」


  ――その身が瞬く間にフレアに包まれていく。

 

 これは避けられそうにない。


 砂金はこれまでの経験で即座にそう判断すると、対話を捨て、来るべき攻撃に身構えた。


 条件反射的に構える砂金。それを同意と取った連城は瞳を爛々と輝やかせた。


 そして告げる。


「さぁ、砂金。戦おう。小豆川のつがいの座をかけて――」


 かくして砂金に対し一匹の獣が牙を剥いた。


 その獣は学年一位にして砂野財閥のライバル・連城財閥の御曹司。


 そして――


『――そうか、君は何も出来ないんだね?』


 砂金にトラウマを埋め込んだ獣。


「――『私戦』の始まりだ」


 連城の纏うフレアが一気に跳ね上がった。

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