第19話 差

 

 だが砂金が連城に敵うはずもなく――


『私戦』が始まり数分。


 すでに砂金はボロボロになっていた。


「『ファイアワークス』!」


 砂金の目の前に迫った連城の右手に獄炎がたぎる。

 砂金はとっさに一歩後ろに引くと、直後、黒い炎が砂金がいた場所を蹂躙した。


 上手く攻撃を避け切った安堵で砂金の口の端がわずか緩む。

 しかしそれは早計だった。


「――『見えない足手纏いインビジブルジャマー』」


 瞬間、右足に違和感。

 足を掴まれるような感覚があり、砂金の態勢が傾いだ。


「マズ……ッ!」


 スキルで砂金の足を絡めとったのだ。

 砂金は非常事態に息を呑むが、すでに手遅れだった。


 白い歯を覗かせる連城の拳が金色に輝いた。


「『貴族パンチ』!」


「――ッ!」


 直後、空中で仰向けになる砂金の腹に連城の拳が叩き込まれ、鈍重な音が響く。


「ガ……ッ」


 強烈な一撃を受けた砂金は地面を何度もバウンドし、数メートル後方へ殴り飛ばされる。

 どて腹に重い一撃を喰らい砂金は息をすることもままならない。


 口から溢れる唾液を吐き出しながら、なんとか肺に空気を入れる。


「おいおいいくら何でも差がありすぎるだろう。未来のライバルの姿がそれではこっちも悲しくなる、ぞ?」


 隙は与えない。


 連城はすぐに砂金の元に駆け込んできて、その右足を振り上げた。

 砂金はたどたどしく起き上がりその蹴りを受け止める。


 何とか攻撃を受け止めながら砂金は思うことがあった。


『フレア』以外に『生徒会長の加護』しか保有しない現状では、連城に勝てない。


『才能開花』と『感謝の報酬』を有し、無数のスキルを使役できる連城には。


「く……ッ!」


 なんとか蹴りを受け止め、後方に下がる砂金。


 すでに息も絶え絶えで、攻撃を受け止めるのがやっとになっていた。


 今にも倒れそうな砂金に連城はいよいよ悦に入った笑みを浮かべた。


「おらおら気合が足りんぞ! そうだ! ならお前にいい着火剤をくれてやる! けつに火が付けば多少はやる気が出るだろ!」


 砂金は連城の意味することが分からず泥だらけの顔を顰めた。


 一方で連城は砂金に止めを刺さんと砂金の元に駆け寄り拳を振るう。


「『クリティカル』!」


 連城の拳が白銀の光を放つ。


 ノーガードで受けるのはマズイ。


 砂金は意識朦朧になりながら腕を上げ、連城の攻撃を受け止めようとする。


 そうしながら砂金は頭の片隅で考えていた。


 この一撃で自分は落ちてしまうかもしれない、と。


 この一撃で自分は『致命加護』を発動し、虚脱状態に陥ってしまうかもしれないと。


 だがそうも言っていられない事態が起きたのだ。


 連城の拳が砂金にぶつかる寸前――


「え――」


 学園の天空を覆っていた鳥かごを彷彿とさせる朱色の罫線。

 それが空気に溶けるように、ふと『消えた』のだ。


 端的に言おう。


 突如、『致命加護』が無くなった。


 オレンジ色の線が消え、どこまでも広がる青い空。


 それはつまり―― 砂金は目の前に迫る白銀に発光する拳に息を呑んだ。


 この、『致命加護』を発動するかもと思った拳。


 防ぎ切らねば、


 ――『死』


 砂金は直前に迫った自分の死に目を剥いた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 とっさに自身の腕にフレアを集中し拳を受け止める。


 砂金と連城の拳がぶつかり、両者の間に火花が散る。


 そして……


「やれば出来るじゃないか」


 何メートルも後退しながらも攻撃を受け止め切った砂金に連城は称賛を送った。


 一方で砂金は目の前で起きた事態に息を弾ませていた。


「どういうことだ……?」


 疑問は口をついて出た。


「なぜ『致命加護』が無くなった……?」

「不思議に思わなかったのか? お前を呼び出した女がなぜあんなにも俺に忠実なのか?」


 砂金は言っている意味が分からず眉をひそめた。


 辺りを見回すが、ここに来た当初そばにいた砂金達を罠に嵌めたおかっぱ少女がいなかった。


「どういうことだ? さっきの女はどこに行った……?」

「ようやく気が付いたか。何、簡単な話さ。砂野、お前は僕が他人の潜在する才能を視認し、スキル化する『才能開花』というスキルを有するのを知っているな」


 連城の保有する『才能開花』は他人の内包する才能を見出し、そのスキル化を促すスキルだということは良く知られたことだった。


「そしてここ最近、僕はある女の才能を引き出した。良くいるだろう。『人をダメにする』人間というのは。僕が引き出してやったのはその才能だ。そしてその女が手にしたスキルは、『相手を視認し、その名を口にすることで、対象のスキルを封じる』スキル、『スキルゼロ』」


 連城はにやりと笑みをこぼした。


「――その女が今まさに『致命加護』を封じているというわけさ」


 人をダメにする才能。


『スキルゼロ』


 俄かには信じられない情報の数々だったが、『致命加護』の喪失がそれらが真実だと裏付けていた。


 しかし砂金にはどうしても信じられない事があった。


「でもなぜその女が言うことを聞くんだ……」

「だからさっきの女に疑問に持たなかったのかと言ったんだ。お前を呼びつけた女がなぜああも僕の言うことを聞いたのかってな」


 砂金が話についていけず何も言えないでいると、連城は顎をつんと上げた。


「僕はもう一つ持っているんだよスキルを。恩を売った相手を強制洗脳し僕の計画を手伝わせる『計画同行』という力をな」

 

 他人に自身の計画の手伝いをさせる。


『計画同行』


 連城が有すると聞いたことのないスキル名に砂金は瞠目した。


「誰にも明かしたことのないスキルだ。よく聞くだろ。就職活動面接で『自分の長所は他人を巻き込んでいくところです。学生時代自分は――』などという話をする学生がいると。僕が有する才能もそれだ。『他人を巻き込む力』。それによって僕は『恩を売った相手に僕の計画の手伝いをさせる』というスキルを発現した。それによりある女は僕に洗脳され『致命加護』を封じ、ある女はお前を誘い出した」


 つまり連城は『才能開花』で相手に恩を売ることで、一時的に相手を洗脳操作するというコンボも有するということになる。


 さすがは学年一位。恐ろしいポテンシャルだった。


「だが『致命加護』の無効化なんて重大な違反だぞ!? なぜそこまでやる!?」


『致命加護』の無効化など罰則条項にないような違反である。


 そのような罪を犯してでも砂金を追い詰める連城のありように砂金は驚きを隠せなかった。


 そこまでする理由が砂金には全く思いつかない。


 ほんの僅か閃くとすれば、砂金と連城の家柄の関係だ。


 砂野財閥と連城財閥。


 日本を代表する二大財閥の御曹司たる二人が命を賭して戦う理由。


 思い浮かぶのは口にするのも馬鹿馬鹿しい想像だけだった。


「……お前、まさか事故を装って、俺を殺す気なのか?」

「ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 砂金の言葉が心底面白かったようで連城は目に涙を溜めながら笑った。


「違う、違うよ砂野、僕は君の命に『興味』はない。僕が欲しかったのは『この状況だ』」


 連城はトドメを刺すように繰り返した。


「この状況なんだよ」


 ――何を言っているんだ


 砂金は目の前にいる理解不能の生き物に愕然とした。


 一方でこみ上げる笑みを必死に隠そうとしながら連城は思い出していた。


 父、貞人の言葉を。


『愛する者の命が懸かった戦いで自分が無力だと痛感させられるのは、これ以上にない『刷り込み』になる』


 まさにその絵が完成しようとしている。


 砂野と自分の間で命を賭して、アイのつがいの座を、アイの命を懸けて戦う展開が。


 父の言いつけを達成できる。


 ゾクゾクと湧き上がってくる快感を押さえつけながら、とどめとばかり連城は告げた。


「知っているだろう砂野? 例の『致命加護』、何も致命傷を防ぐだけではない! いきなり襲

い掛かる致命傷レベルの一撃以外にも、蓄積し、蓄積されきり、緩やかに辿り着く『死』もキャンセルする。そしてなによりこの『致命加護』封じ。これは僕を倒さない限り解けない! そこでおい、砂野、小豆川を見ろ!」


 連城はアイを指さし砂金の視線を誘導し、告げた。


「そこでボロ雑巾のように転がっている虫の息の小豆川の命、一体いつまで――」


 溜まらず瞳孔が開いた。


「――モツノカナ?」

「お前……ッ!」


 連城の意図を悟り、身の奥に強烈な敵意が芽生えた。


 そう、『致命加護』喪失はそのままアイの死の危機を意味し、『致命加護』キャンセルを解くには『連城を倒すしかない』。


 つまり連城はアイの命を巡り砂金と連城の間で命のやり取りをしようというわけだ。


 身を焦がすほどの怒りを感じる砂金に悠々と連城は語りかけた。


「ようやくやる気を出したか。では仕切り直しだな。砂野、確認しておくぞ。僕はお前の命に興味はない。だがその意味はお前の命の有無に関心がないということだ」


 だからこそ、と連城は続けた。


「砂野、僕らも『命を懸けて』戦おう」


 相対する連城は心底嬉しそうだった。


「小豆川の『命を懸けて』」


 連城は舌なめずりしほくそ笑んだ。


◆◆◆


「クソッ!」

「おいおい! さっきまでと大して変わらないぞ?」


 アイの命が懸かり打って変わって目に覇気が灯った砂金。


 しかし目の色が変わっただけで結果には結びついていなかった。


 やはり砂金はボコボコにやられており、


「クッ!」


 水平に薙ぐような真空波を避けるべく砂金は天高く飛んでいた。


「『銃撃』!」


 そして空に逃げる砂金に、地上から百を超える瓦礫の山が飛来したのがトドメとなった。


「カハ…………ッ!」


 無数の砲撃をその身に受け砂金は地面に墜落し地面に力なく横たわった。


「はぁ、結局はその程度か」


 頭の上からあからさまに落胆した連城の声が降ってきた。


 地面を這いずる砂金にも言い分はあった。


 先ほどの突然『致命加護』が消えた瞬間。


 突如目の前に広がっていた自分の死という現実。


 その光景を目の当たりにし、足が竦んでしまったのだ。


 それによりどうしても反応が二・三・テンポと遅れ、それが致命的な遅れとなる。


 結果、


「どうやら君は僕に『絶対に』勝てないようだな」


 砂金は血だらけで地面に転がっていた。


「好きな者の命が懸かってこの体たらくだ。金輪際、お前は『僕に勝てない』。とても大切なことだ。『よく覚えておけ』」


 そして、連城は砂金の命に興味がない。


 それは何も命を奪わないという意味ではなく、躊躇わないという意味だ。


「さよなら、砂野砂金」


 頭上で強烈な暴風が逆巻くのを感じた。


 だがその攻撃は一人の少女によって阻まれた。


「――アンタ、砂金に何やってんのよ」


 現れたのは亜麻色の髪を持つ、砂金のつがい相手。


 学年ランク第八位。天性の美貌を有する少女。


 柊トウカが現れたのだ。


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