第17話 嘘

 それはアイが

「忘れ物したわ~」

 と自分の寮室に引き返し、生徒会室に砂金とトウカだけの時だった。


 名も知らない女生徒が生徒会室に駆け込み息を上げながらそう告げたのだ。


「え!?大丈夫なのか小豆川は?」


 アイの身に起きた非常事態に砂金の心がざわつく。


「分からない! でもいつも小豆川さんはここにいるって聞いたから来たんだけど!」


 とっさに砂金とトウカは目を見合わせる。

 同時にすぐに砂金は天空を仰いだ。


 今日も今日とて、空には朱色の罫線が引かれている。


『致命加護』が発動している証拠だ。


 つまり最悪の場合でもアイは死なない。


『神ノ山』にいる限りは、だが、さすがにアイも『神ノ山』から出ていくことはないだろう。


「とりあえず小豆川に連絡! 小豆川の部屋に向かうぞ! って俺入っていいのか!?」

「この非常事態よ! 入って良いに決まってるしアイはアンタなら絶対許すわ!」


 砂金とトウカは教えてくれた少女を置き去りにして息せき切ってアイの部屋に向かった。

 アイにかけた電話は一向に通じなかった。


「酷いな、これ……」


 砂金はアイの部屋に到着し中を見て愕然とした。


 タンスは倒れているし、ベッドはめちゃくちゃで、床には割れたガラスが散らばっていた。


 足の踏み場もないほどプリント類が辺りに散乱し、壁にはひびが入り、ところどころ血痕が残っていた。


「ねぇ! 砂金これって!」


 残る血痕にトウカが青ざめる。

 砂金も同様だ。


 これはただ『荒らされた』のではない。


「ここで小豆川は戦ったんだ……」


 そして今現在アイに連絡が付かないということは……


 最悪の想像が脳を席巻し心臓がかつてないほど鼓動を打った。


 こみ上げる吐き気で今にも倒れそうだ。

 そんな折、砂金はふと部屋の中で目につくものがあった。


 部屋の隅に何十枚という青い封筒が重ねられ縛られていたのだ。


 なぜ目についたかと言えば、まるで封印を施すように何重にも紐で縛られていたから。


 アイの怨念が漏れ出ているような光景に砂金は息を飲み、そして最新のものなのだろうか、


 一枚だけ青い封筒が部屋の片隅に落っこちていた。

 

 見ると封筒の口が開いていて、そこに『砂野』の文字が見て取れた。


「!?」


 突如現れた自分の名に心臓が早鐘を打つ。


 失礼だとは思ったが砂金は我慢することが出来ず、その便箋を引き抜いた。



『家への振り込みが減っている。早急に砂野とのつがいを解消するよう。小豆川慎太郎』

(……………………)


 アイがデートで言っていた言葉を思い出す。


『私自分を偽るの得意だからねー、嘘を押し通せるようなスキル持ってるわ? ホラ、今さっきの打ち明け話、欠片も知らなかったっしょー?』


 そうだ。


 失念していたがアイは嘘が上手いのだ。


 砂金は常々、アイのランク低下を気にしていた。


 なぜならアイは家庭の金銭的事情からこの学園に来ることを即決したというからだ。


 アイにとってランク低下による支給金の減額は他の人間よりも意味が大きい。


 だからこそ砂金はアイのランクを気にして落ち込んでいたのだが、気を落とす砂金にかねがねアイは明るい笑顔で言っていた。


『私が良いならそれで良いじゃない?』


 部屋の隅には五十を軽く超える封筒がある。


 あの言葉はどういった心境の元放たれたものだったのだろう。


 まして、この現状。


 この封筒に、荒らされつくし、戦いつくした部屋。アイと連絡が付かないこの状況。


 何があった……?


 砂金は自身のこめかみに血液がどくどくと流れ込むのを感じた。


「小豆川さんの居場所ならどこか分かったよ!?」


 廊下からの声に振り向くとおかっぱ髪の少女がいた。


 砂金が初めて見る少女は相当走ってきたのか息を弾ませ、壁に片手をつき肩で息をする。


「会長がここにいるって聞いたから走ってきたのさ! それで聞いて会長! 噂だとアイが第十三体育館に向かうのを見たという話と、被服室に向かったっていう二つの噂があるよ!」


 砂金はトウカと目を合わせた。


 二人の中ではすでに答えは決まっている。


「トウカは被服室の方へ、俺は体育館に向かう!」


 二つの情報源があるなら、二手に分かれるしかない。


「分かったわ!」


 砂金の指示ですぐさま矢のように駆けだすトウカ。


 あとから思うと砂金はこの時点で敵の思う壺だった。


「あーあ、面倒くさかった」


 砂金も目的地に向かおうとすると背後にいた少女が今までの少女然とした語り口を消し去り呟いた。


「なっ――」

 驚いて振り返るとそこには今までと打って変わって邪悪な表情を浮かべる少女がいた。


「まさか外野がアイの部屋の件を伝えちまうとは予想外だったぜ。生徒会室に誰もいないときはひやひやしたっての」


 何を言い出すんだと砂金が息を詰まらせていると、少女は砂金の胸に指を突き刺した。


「今までの話、全部ウーソ!」

「……ッ!」

「その表情だよ。なかなかいいね。今のアイの場所はどっちもウーソ!行った先には誰もいないぜ? 全てはアンタとトウカを分断させるため。そしてアンタは私についてきな。アイの場所に連れて行ってやる。当然、トウカにも連絡すんなよ」


 砂金は何が起きているのかまるで分からなかった。


 そしてついていく以外、選択肢も残されていなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る