第二十二巻 獄丁になれよ

 化け猫の力は、いくつかある。

 人間に変身し、人間の言葉を話すこと。

 人間に取り憑くこともできるし、人間を祟ることもできる。

 とっておきなのは、屍を操ること。

 俺は特に捻くれた生き方をしてきたから、怪異を操る力を手に入れた。

 そして、とっておきの中のとっておきの能力は、


「俺は、怪異を喰らうことで、どんな呪いでも断ち切ることができるんだよ。喰われた怪異は、決して入ることのできない輪廻の輪に入って、新たに生まれることができる。長年生きてきたけど、初めて生まれ変わった子を見た時は、凄く驚いたよ」


 人間の姿に戻った俺は、ヨホロに説明する。

 ヨホロは倒れている彼女を担いだ。


「怪異が食いもんってか」

「中にはそんな化け猫もいるけど、俺は違う。腹は満たされないし、気分も悪い。美味しくないし、喰べたくない。だから、最初はただの猫として生きてたんだ。人に飼ってもらえれば、ご飯も出てくるしね」


「まー、いいや」ヨホロはそう言って、追求するのをやめた。

 改めてヨホロは俺と視線を合わせる。


「んじゃ、おめーも怪異だと確定したことだし、僕は獄丁ごくていとして殺す」

「んぐぐぐぐ……」

「だが、一つ生き残る道が与えてやろう」

「生き残る?」


 訝しむ目で見遣ると、一層面白そうにヨホロは顔を歪ませた。


「おめー、獄丁になれ」

「まさか獄丁の?」

「そーだ。獄丁は獄丁を殺してはならないルールがある。お前の嗅覚、その図体、呪いを断つ為に喰らう能力。いろいろと使えそうだし」


 俺は悩んだ。

 口を開けば「殺す」だの「死ね」だなと言う野蛮な怪異を信じていいものか。

 怪異は嘘をつく。騙しもする。それは怪異である獄丁も同じはずだ。


「オマケに、この人間にマーキングされた呪いを調べる手伝いをしてやろう」

「なっ! 呪いが……解けてない⁉︎ てっきりあの寄生呪きせいじゅの呪いかと思ったけど、違ったのか……」


 初めて聞く情報、思わず二度見する。


「最初に七人御先しちにんみさきだって言ったじゃん」

「いやー……間違いって誰にもあることだからさ〜」

「七人御先のうちの、ここにいない奴の呪いだろーよ。どうする? 元飼い主に似た人間をこのまま見殺しにするか?」

「死んでほしくはない」

「人間を生かすも殺すも、お前の返事次第だ」

「本当に呪いについてわかるの?」


 ギロリと、ありったけの殺意を込めて睨みつける。


「獄丁は全ての死者のデータを取り扱っている。今までの活動記録を漁れば、自分の知識でわからないことも知ることができる」


 彼女は、今ヨホロの肩に担がれている。まるで人質にしているかのように。

 俺は身構えた。


「だから獄丁になれ」

「もし、断ったら?」


 万が一だ。

 もし万が一俺が断ったら。


「今すぐここで死ね」


 彼は不気味に笑う口元。殺意に満ちた視線。

 彼と闘えば、恐らく無傷ではいられない。

 眉間に深く深く深く皺を刻んで、固く閉じていた口をパッと開く。


「わかったよ、入る! ただし条件がある!」

「何?」

「今すぐその『死ね』とか『殺す』とか言うのをやめてくれ!」


 彼は片眉を寄せた。


「は? 普通、こういう時は自分の有利になるようなことを言うんじゃない?」

「え……」

「例えばー……人間としての生活をさせてくれ、とかさ」


 意味を含ませた物言いに、俺は唖然とした。

 ポカンと開けた口が動く。


「それは当たり前のことで条件に入らないもん」

「……」


 真面目に淡々と告げる俺に対して、ヨホロは不愉快そうな表情を浮かべた。

 そして彼が何かを言い出す前に、ハッキリと言いたいことを言った。


「それに、君のその言葉がすごく不愉快なんだ!」

「そこまで?」

「そうだよ! 君はその言葉の重さを全く知らない。だから軽々と言っちゃうんだ」


 瞬きをしたあと、彼はすぐ目の前にいた。

 速すぎる。


「じゃあ、その言葉の重みって奴を、これから教えてもらおうか。相棒」


 そう言って、彼女を手渡された。

 もう人質にならないっていう意味か。

 俺は黙って彼女を抱える。


「んじゃー、冥王に報告しに」


 その直後、聞いたことのない男の声がした。


「その必要はないよ。俺から来てやったもんね!」


 黒いロングコートを羽織った男は、紫の瞳でにんまりと笑っていた。

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