第七巻 言葉が汚いから!

 どっと疲れた。

 俺は首をぐるりと回したあと、男に撃たれた矢戸尾ことりが気になって近づいてみた。

 綺麗に眉間に風穴が開いている。人間と違って、彼女の体から血は流れていない。

 恐る恐る、震える指で突っついてみた。


「あ」


 ボウッと音を立てて、緑色の炎が彼女の体を包み込む。

 跡形もなく体は燃え尽きた。


「……これが、怪異の死か。輪廻の輪に入ることもなく、消えていくだけ……」


 口元で呟く。

 死を悼むことはしない。だが、飲み込んだ小骨のようなチクチクとした痛みを胸の奥で感じていた。


「っつーわけで、たい焼き頭にも手伝ってもらうよ」

「話が唐突過ぎませんか……!」


 眉間に力が入る。

「そもそも何の話かわかんないし!」振り返ると、通話が終わったらしい男が俺を見ていた。

 俺の両肩に手を乗せた。


「あと二時間以内に朝の怪異を殺さないとならない。おめーのせいで遅れたから手伝え」

「俺が何をしたっていうんだ」

「おめーが車に轢かれないように助けた隙に逃げた」

「それは君のミスでしょ」

「黙れ」

「ひんっ」


 肩を掴む手に力が入り、痛い。


「僕の手伝いをしないんなら、学校の奴ら、全員殺す」

「ちょ、バカじゃないん⁉︎」


 逃げようと必死に彼の手首を掴むが、びくともしない。彼の方が強く、完全に力負けだ。今日はこんなんばっかだなー。


「僕は人間なんて、正直どーでもいー。怪異を殺せれば」

「君、頭がおかしいんじゃないの⁉︎ 急に皆殺し宣言とか」

「手伝わないなら、おめーも殺す」

「理不尽‼︎」


 話が通じんな、コイツ。


「人間の近くにいる怪異は、全て冥界から逃げ出した罪人だ。僕はそいつらを殺す為だけの獄丁である。


「……ひっ!」


 彼の夕日色のような朱い瞳が不気味に光る。

 だが、俺はこれ以上は臆さない。彼にどうしても言いたいことがある。

 俺は見よう見まねで、彼の胸ぐらを掴んだ。


「君、殺す殺すってすぐに言うけど、それはよくないと思うよ!」

「僕に説教するつもり?」

「するよ! 人間だろうが怪異だろうが、今を必死に生きてる。悪いことをした奴は裁かれないといけないと思うけど、何でもかんでも『殺す』の一言で片付けたら、君自身、他者の命の重さを軽んじるようになるよ⁉︎ それは君の為にはならない‼︎ 特に獄丁なら尚更だ‼︎」


 言葉は良くも悪くも人を変える。言霊という言葉があるように。

 俺は彼のその一言だけは認めたくなかった。許したくなかった。


「君自身を悪くする毒を吐くんじゃない‼︎」


 勢い余って額をぶつける。頭突きをしたような形になった。

「いてえええええ‼︎」手を離して、疼くまる。頭突きの拍子で彼の手も離れたようだ。


「おめー……」

「ハッ! あ、いや、偉そうなこと言ってごめん! でもダメだと思うよ!」


 視線が泳ぐ。顔を上げられない。

 怖い。ヤンキーに喧嘩を売ったような気分だ。


「変な奴だな」

「はい?」


 恐る恐る顔を上げると、不思議そうに見下ろす彼の顔が目に入った。


「お節介屋」

「う、煩いなぁ! その言葉が嫌いなんだから仕方がないだろ⁉︎」

「よし、決めた」

「な、何を」

「おめーのこと、冥王に言っとく」

「はあ?」


 冥王って冥界の王様のことですよね。君、相当偉いんですか。無理でしょ、君じゃあ。


「な、何て報告すんの⁉︎」

「僕を手伝わないなら殺す」

「だからああああああああ‼︎」


 話が通じないな本当。

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