第八巻 好きなものには詳しくなっちゃいますよね。むしろ何でも知りたいですよね。

 というわけで、強制的に俺は彼の手伝いをすることになりました。

 怪異の領域とかよくわからない空間にいたらしいが、横にいる男によって戻ってきた。

 おっかない男にビクビクしながら慣れていない道を歩く。横にいる彼を一瞥した。


「あの」

「何」

「君の名前知らないんだけど……」

「名前って必要?」

「呼びにくい……気まずい……」

「そーか。僕の名前は、獄丁ごくていよほろって呼ばれてる」


 相変わらず「僕」に違和感。絶対君「俺」だよね。


「ヨホロ……」

「で、本当に七人御先しちにんみさきがいる場所がわかるの?」

「君は俺の名前を訊かないんだね⁉︎」

「聞いてほしかった?」

「うん!」


 普通、気になるだろ。

 電柱を通り過ぎ、赤い屋根の家が飼っている小型犬に吠えられながら、俺は自己紹介をした。


「俺は六万って書いて、むつま。六万時成って言うんだ。よろしく」

「で、本当にいるの?」

「どんだけ俺に興味がないん⁉︎」


 苛々して、歯軋りしたくなる。

 俺は遠くに見えた学校に気づき、「ほら」と指差した。


「あそこの山にある学校から、セーラー服の匂いがする」

「見えない、匂わない」

「目も鼻も悪いな!」

「おめーが異常」


 冷ややかな視線も慣れてるさ。


「そんなに離れてるんなら、怪異の姿で行くか」


 と言って、ヨホロは前に倒れ込むと、瞬き一つでシャチの姿になった。

 わーお。

 オルキヌス・オルカ(シャチの学名)がいるぞーい。


『早く乗れ。六万円』

「黙れや」


 人を六万円って言うな。


 シャチは海のように空を泳いだ。

 乗り心地は悪い。

 たぶんそれはヨホロの性格のせいだ。荒っぽいんだ、彼は。力任せというか。それこそ肉弾戦の彼らしいのかもしれない。

 船酔いになり、山の学校に着いた時には立つこともままならず、暫く茂みに隠れて嘔吐した。


「山ん中に高校があるって凄いな。校舎、綺麗だ」


 ヨホロは不思議そうな眼で校舎を眺めていた。

 ハンカチで口を拭きながら、俺はよろよろと彼の隣に立つ。


「昔は女学校だったみたいだけど、今は共学だね。大正時代からはセーラー服で、昭和六十年から白いネクタイの可愛いセーラー服に一新。令和からキリがいいからってブレザーになったんだ」

「無駄な知識量、キモ」

「そんな君は、こんな俺のおかげでここまで来れたことを忘れてはいけない」


 俺は話を続けた。


「朝見た女子高生の制服を見るに、ここの平成時代の制服で間違いない。セーラー服の襟の部分にあるラインが交差して、ラインの色が赤だったからね」

「気持ち悪い」

「俺は『キモ』をちゃんと言えばいいと思ってるわけではないのだよ」


 運動部に所属しているのだろう生徒の団体が校舎の周りを走っていた。

 ヨホロは体操服を一瞥して、訊いてきた。


「体操服に興味はあるの?」

「ないね! あくまで制服にしかときめかないのさ。て、何を言わせるんだい‼︎」

「おめー、最上級にキモいな」

「何回もキモい言うな。俺はただの制服愛好者なだけだから」


 と、俺は制服愛好会が発行している雑誌をスクールバックから取り出した。

 それは一瞬で赤く燃えて灰になる。

「は? 燃え⁉︎」俺は慌てて火を消そうとしたが、全く間に合わなかった。


「ちょっと! いくらなんでも人の物を燃やすなよ‼︎」

「僕じゃない」

「は?」


 ヨホロの視線は、真新しい校舎に向けられていた。


「どうやら本当に当たりらしいな。警告として一部の物だけを燃やすなんて、細かい性格してる」

「警告って嫌だな〜……手を貸すのはこれっきりだからね! 俺は静かに人間として生きたいんだから」


 灰となった雑誌は風に攫われていった。

 大好きだっただけに涙が出そうだ。


「どうしてそんなに人間にこだわる?」


 ヨホロはそう訊いておきながら、走り出した。他の生徒がいても気にせず、一直線に校舎に入る。

 俺は慌てて彼を追いかけた。

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