別れと再会(終盤)


 終わりが近づいてくるにつれ、切なさが湧き上がってくる。

 レビューや「妄作論」を進めつつ、毎日2時間の考察を続けた。後悔しないように、今を踏みしめて。

 ここ一番の懸念は、無理をすることで体調を崩すことだった。十全に内容を楽しめなくなることだった。



 7週目……最終巻を初日で読み終えて、一息ついて出てきた言葉は「そうなのか」だった。

 話は全部終わった。ここから先はもうない。

 残りの日々は細かい部分をじっくり見るとしても、これ以上、目の前の漫画には何も描かれてはいない。

 今までの熱意からして、てっきり物凄い喪失感がやってくる「○○ロス」みたいな状態になると思っていたのに、特段そんなことはなかった。


 未来を想像することは出来た。二次創作を調べてみたら「if」とか「after」が出てきそうだなと思った。

 別れは惜しいし、すがるように隅々まで読んだけれど、予定をずらそうとは思わなかった。

 それは「聲の形」を読む際に取り決めた約束事だったからだ。



 書いていて、ひとつ昔のことを思い出した。

「聲の形」に触れるずっと前……中学だったか、高校だったかの時に、クレヨンしんちゃんの漫画(コンビニで売られている特選版みたいなやつ)を読んだことがある。

 もうほとんど忘れてしまったが、不思議と印象に残ったシーンがあった。


 それは、何らかのきっかけで剣道を一時的にやることになったしんちゃんが、激戦の末にライバルを倒した後の場面だった。

 試合には野原一家や、一緒に特訓していた剣道の先生も同席していた。だが、しんちゃんは勝利を噛みしめることもなく「この後、アクション仮面があるんだった」と言って走り去ってしまうのだ。

 そして先生はこの行動に不思議と納得したような顔をして「もう彼が剣道をやることはないだろう」と語った。


 当時の自分は思った。「しんちゃんはともかく、先生はなんでそう言ったのだろう?」と。

 目標だったライバルに勝って、剣道を続ける意義がなくなったことを悟ったからかもしれない。

 それとも、尺の都合だったのかもしれない。あくまで数あるストーリーのひとつ「○○編」にすぎないから、剣道の設定自体をリセットするためにセリフを付けたとも見れる。

 あるいは、ただ単に意図なく呟いただけかもしれない。


 想定ならいくらでも出来る。

 でも、そのシーンはずっと残り続けたし、「聲の形」を読み終えた際の心境にどうにも近いものを感じた。



 最終週……通して読み進めた。

 1巻の内容なんてほぼ 2ヶ月ぶりだったのに、はっきりと覚えていた。1週間かけただけのことはあった。

 大体見通しは立てていたのだが……通して読んでみると、大きく変化したのだなあと驚いた。

 1巻を読みながら、2巻以降で示された内容、背景に思いをせる。最初に読んだ時にはやれなかったことが出来、見えなかったものが見える。

 苦手なシーン・キャラクターまで、すっぽりと収まっていくのを感じる。


 とはいえ、突っ込みどころが全くないわけでもない。繰り返し読んでいけば、そういった点も見える。実際、取り上げているモチーフから、連載中も批判を受けていたらしいのは知っている。

 個人内で検察側と弁護側を作って論争したりもした。理由付けが出来たものもあれば、出来なかった(割り切れなかった)ものもあった。



 全然読み足りていないことに気付いたのは、最終日である。

 これでは未練が残る。とはいえ、既に決めた約束を簡単に崩すわけにもいかない。

 色々悩んだ。覚悟して全力で取り組んだ。

 それに見合った成果も出た。これ以上を求める必要が本当にあるのか?


 だが、それだけ追いかけ続けたものを「これっきり」にしてしまってもいいのか? 現時点の自分だけで良いのか? 別の時点の自分はまた違った発見をするかもしれないし……

 なによりも、まだ接していたい。


 結果として、来年の同じ日に「おさらい」の 1週間だけリバイバルすることに決めた。

 それが決まった途端、肩の力が抜けた。残りの時間は自分のやれる限りで考察を重ねた。楽しかった。


 日をまたいだのを確認して、全巻を段ボールに入れてフタをする。その上に来年の付箋を貼り付ける。


 空いた 2時間はどうしようか。積まれたハードカバー本を読み進めるか、新しく何か執筆してみるか、はたまた全く畑違いのことに挑戦してみるのも面白いか。

 来年の自分はどうなっているのか。再読するに足る資格を持っているだろうか。持っていられるように、精々励んでいきたいと思う。



 またね。

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