2002年1月28日 4時2分
ただ遺伝子を欠失させたり、置換するだけかもしれない。それでもやはりナノレベルの作業は疲れる。
四進法のプログラミングとも言うべきか、それをアナログに進めるのだから、神経を使う。
そりゃあ最近はいいさ、
きっと普通の生活を送っていたらこんな専門的な悩みはないのだろうと思う。
スイッチになっているペダルを踏むと、自動ドアの隙間からプシューと空気が吸い込まれる音がする。実験室側の気圧が陰圧で、前室が陽圧なのだ。
正直、ここで着替えるのも面倒くさいが、前室を出るまでに作業着を着替えておかないと規定違反だ。バイオセキュリティー上、仕方がない。
研究室に篭っていたお陰で時間の感覚が分からない。多分数日たっているけど、この部屋は窓がないもので。
俺の体内時計はおかしくなっているだろうな。正直疲れていて時間なんてどうでもいい。
作業着から白衣に着替え直し、自動ドアのペダルを踏む。やっと廊下にたどり着ける。毎回徹夜したあとのこの実験室から出るという作業が大変なのだ。
まあ見方によっては、
また気圧で空気が吸われる音がするが、その時誰かよく知っている人の気配がした。
慌てて自動ドアを手動で押し戻そうとしたが、間に合わなかった。
黒い手がドアの隙間を押し広げる。俺を見る眼はかなりお怒りだった。
「レオ君!!」
俺の胸に飛び込んでくるその女の衝撃に耐えられず、床に倒れ込む。頭を打った衝撃だろう、さっきハンガーに掛けた作業着が落ちてきた。
自動ドアが閉じて、逃げ道をなくす。
頭を抱えて悶える俺の心配よりも、ダンは己の不満をぶちまける。
「何回電話したと思ってるの! 毎日毎日心配しているのにそれを無視して!! 毎晩料理作って待っていたんだよ!」
「俺が帰ってから飯作ればいいじゃねえか! 3日くらい我慢しろ」
床に倒されている俺から見ればダンの顔は逆光なのだが、眼が充血しているのがわかった。
「5日!! 今日で5日目だよ!! 今何時だと思ってるの!!」
「……5日?」
木曜に実験室に入ったのは覚えているが、……え?
「今日は何日だ?」
「28日! 月曜日!」
そうか、やっぱり体内時計狂ってるな。
正直、今眠気がそれどころではないが。
「悪かったって。でも若葉大司教に頼まれていた子どもはできた。あとは大学病院にその受精卵を渡せばいい」
「じゃあしばらくお休みなの?」
「そうだな、しばらく休んでも文句は言われんだろうな」
それを聞いてか、機嫌をよくしたのだろう、俺の頭をさすって抱き上げた。
「やっと時間が取れるね」
「さっきから言いたかったんだが、ここ入室制限があるんだよ、早く出てくれ」
「冷たぁい……」
こういうところから躾ないと。だいたいこのフロアに立ち入っているのが問題だ。この奥にに
「で、誰がここに来させた?」
「え?」
「誰がこのフロアに入れた? エレベーターで登ってきたとして、この階はICカードを持っている奴しか入れないんだよ」
「えっと……」
何を言い淀んでいるのか。
それでだいたいあいつかと分かる。俺にお節介を焼く奴と言えば——。
「
「うっ……」
明らかにダンの目が泳ぐ。あのババア、こいつを使って俺を帰らそうとするんだよ。
「今何時だ? あいついつまでいるんだよ」
ダンが飛び込む一瞬に見えたが、はめ殺しの窓の外は真っ暗だった。あいつこそ時間外労働が過ぎる。
「4時過ぎ。まあ入れてもらったのは2時だけど」
「いぶきは!?」
この時間にはつらつと起きているダンと熊野副所長にも驚くが、いぶきを放っといているのも大問題だ。
「お姉ちゃんに預けてる。『レオのケツひっぱたいてこい』って」
皆に嫌われているな。
「呆れた顔しているけど、みんな心配しているんだよ」
「心配って。俺は仕事しているんだよ」
「でも家族が大事!」
「……分かったって」
俺の悪い癖だ。時間も忘れて仕事にのめり込むんだ。
この辺りから覚えていないのだが、どうも眠ってしまったらしく、熊野副所長の車で目が覚めた。引きずられたらしく、白衣が毛羽立っていた。
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