第8話

「二人ともきたみたいだし、行こうか」

「はい!」


 伊織の案内で路面電車に乗り、住宅街の東区を目指す。

 この世界には個人が所有する車はないようで、移動の手段は徒歩か路面電車、バスが主だが、伊織曰くバスは時刻通りに来ることは少ないそうだ。


「僕、東区は久しぶりに行くなー」

「最近の東区は悪鬼の出現が少ないからな。遊太ちゃんは悪鬼が多い北区か西区の方ばっかり行ってるだろ」

「うん、悪鬼退治の方が楽しいし」


 伊織と遊太は昨日と同じようなやりとりをしていた。

 頭を押さえる伊織を見て、苦労してるんだなと一希は思った。


「次はァ点々崎〜、次はァ点々崎〜。お降りのお客様はァ足元にィお気をつけください」


 少し癖のある車掌のアナウンスが流れ、伊織がこの駅で降りるように言った。

 電車が停まると伊織たちは運賃を払わずに電車を降りる。


「あ、あの、お金は?」


 一希は電車の降車口の近くで立ち止まり、伊織たちに尋ねる。


「え? ああ、払わなくて大丈夫だよ。ほら、後ろがつかえてるから早く降りて」

「す、すみません!」


 伊織に急かされ、一希は慌てて電車を降りた。

 下車する人がいなくなると、電車はそのまま次の駅へと走って行った。


「自警団はねー、制服着てたら無料ただで乗れるんだよ」

「そうなの⁉︎」


 そういうのは先に言っておいてほしかったと一希は思ったが、伊織たちは気にする様子なく歩き出した。

 明るい街中を抜け、灯りも人も少ない住宅街まで移動すると伊織が足を止める。


「言ったと思うけど、今日は東区の住宅街の見回りをします。悪鬼がいないかの確認と、気石があるかもしれないので注意深く見てください」

「はーい」

「了解致しました!」

「ああ」

「頑張ります」


 隊員たちは十人十色の返事をして、住宅街に足を踏み込む。


「そういえば悪鬼って住宅街に多いんですか? 俺が襲われたのも住宅街でしたけど」


 ふと気になったことを一希は尋ねた。

 いままで二回悪鬼に襲われたが、それは全部住宅街だった。


「うん、そうだね。白夜の他にも街があるって言っただろう? 街と街の間は住宅街でね、住宅街は街と違って灯りが少ないから薄暗いし、街に比べて悪鬼も多いんだ」

「街に出る悪鬼も厳密には住宅街からやってきてるからねー」


 伊織の回答に遊太が情報を付け加える。


「危険ですし、暗いので迷子の方を住宅街で見つけたときは慌ててしまいますね」


 さらが困ったように笑う。

 もし人間が迷い込んで住宅街で迷子になり一希と同じように襲われて、自警団が助けに来なかったら、と思うと一希は身震いした。


「他の街にも行くことはあるんですか?」

「俺は行ったことあるなぁ。けど数はそんなに多くない」


 他のことも聞いてみようと体をさすりながら話題を変えた。

 一希はこの世界にきてから、まだ二日目だ。

 世界のこと、街のことを全然知らないので、聞けるうちに聞いておこうと思ったのだ。


「街ごとに自警団があるからね、僕たちは白夜の周辺だけ見回ってればいいんだよー」

「へぇ」


 遊太曰く、街ごとに自警団が存在するので他の街まで見回りする必要はなく、特別な用がない限り、白夜の外に出ることはないそうだ。


「ついでに言わせていただくと、自警団のお仕事は見回りだけではありませんよ。周囲や街中を巡回して悪鬼を見つければ退治致しますが、住人の方々のトラブルを解決するのも立派なお仕事です。もちろん、気石探しも並行して行います」


 さらが自警団の仕事について詳しく説明を加える。

 一希は伊織が街中で女性に引っ張っていかれた姿を思い出した。あのとき伊織は住人同士の喧嘩を止めに行ったが、あれも立派な仕事内容の一つだったんだなと頷く。


「慣れれば大丈夫だと思うけどそれまでは迷子にならないよう、どっかの誰かみたいに一人で行動しないでね」


 伊織が一希に忠告する。

 一希は素直に頷いたが、含みのある言い方に遊太はすっと顔を逸らした。


 時折軽口や冗談が飛び交いながら、人も悪鬼も姿を見せない見回りが続く。

 誰かの気石が見つかることもなく、見回りが終わる時間が近づいていた。

 そのときだった。

 住宅街の見回りをする一希たちの前に悪鬼が姿を現した。しかし悪鬼は一希たちに気がついていないようで、そのままどこかへ向かう。


「悪鬼退治を見てもらおっか?」

「待て、もう一体いる」


 剣に手をかけた遊太が伊織が問いかけるが、伊織は首を横に振った。

 先程の悪鬼が向かった先には、もう一体悪鬼がいた。


「あちらにも、もう一体います」


 一希たちが建物の陰に隠れて息を潜めていると、さらが右側をさす。

 三体の悪鬼は合流すると仲良く並んでどこかへ移動を開始した。


「どういうことだ? 悪鬼は集団で行動するほど知性はないはずだけど……」

「偶然ではなく、群れて行動しているように見えますね」


 伊織曰く、悪鬼は知性が低く見かけた人を無差別に襲うが、同じ人物を狙って偶然一緒に行動することはあっても、わざわざ群れをなすことはないらしい。


「と、言っても悪鬼がなんなのか、俺も詳しく知ってるわけじゃないんだけどね」

「悪いやつ。悪鬼の説明なんてそれだけでよくない?」

「まぁ、そうだな」


 遊太の言葉に伊織は頷く。

 三体の悪鬼の動きに合わせて、一希たちも移動した。陰に身を潜めながら、悪鬼の姿を追う。


「彼らがどこに向かっているのか確認しよう。偶然集まっただけならいいんだけど、もし集団で行動する程度の知性があるのなら、集まってなにをしようとしているのか見極めないといけないからね」

「はい」


 悪鬼に気づかれないように小声で言葉を交わす。

 存在に気づかれないように注意しながら悪鬼を追いかけていると、開けた場所に出た。


「えっ……嘘だろ?」


 伊織が震えた声を出す。一希たちも開いた口が塞がらなかった。

 悪鬼が向かった先、錆びついた遊具がある公園には悪鬼が十体以上集まっていた。

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