第7話

 やめ、という言葉を聞いた一希は床に崩れるように倒れ込んだ。


「きっつ……」

「お疲れ様です! なかなか才能があると思いますよ!」

「ありがとうございます……」


 横になったまま動かない一希にさらが励ましの言葉を送るが、一希にはそう返すのが精一杯だった。

 時刻は昼過ぎ。朝方からさらと、偶然道場にいた登慈の二人に稽古をつけられて一希の体は休みを欲していた。


「初めて剣を握るにしては動きがよかったですし飲み込みも早くて、私もつい指導に熱が入ってしまいました」


 一希に稽古をつけるため、先程まで一緒に運動していたはずのさらは余裕そうな表情を浮かべて笑った。


「筋がいい」


 登慈がそう言って一希に飲み物を差し出す。


「あ、ありがとうございます」


 一希は起き上がって飲み物を受け取る。

 口数が少ないせいで怖いイメージを抱かせた登慈だったが、熱血指導で時を忘れるさらの代わりに適度に休みを入れたりして一希を気遣ってくれていた。


「ふぅ」


 一希は喉を潤して息を吐く。少し落ち着いてきた。


「そろそろお昼ごはんにしましょうか」


 さらがそう言った。一希は頷いて立ち上がる。

 汗をタオルで拭き、登慈の用意してくれた新しい服に着替えると、一希はさら、登慈とともに中華料理屋に向かった。


「ここの料理はうまい」


 と言う登慈のおすすめの店だった。


 前日に伊織にもらった金銭の残りでは一品頼むのが限界で、一希は悩んだ結果炒飯を注文した。


「麻婆豆腐とライス。餃子二人前と春巻きを頼む」

「私はラーメンと焼売をお願いします」

「あいよー」


 髪の長い女性店員が注文をとり、店の奥に戻る。

 キッチンには牛の頭をした料理人が忙しなく働いていた。


「一希殿、午後からは実際に見回りをする予定ですが、体調はいかがです?」


 頼んだ品が届くのを待っているとさらが一希に尋ねる。


「見回りくらいなら、たぶん」


 少し体が痛いものの、一希は大丈夫だろうと頷いた。


「無理はするなよ」

「はい」


 登慈が一希にそう言った。

 悪い人じゃないんだな、と思った一希の頬が緩む。


「おまちどー」


 しばらくすると店員が注文したものを運んできた。

 頼んだ料理はどれもおいしそうだ。

 登慈は自身の前に置かれた餃子を一人前ぶん、一希の前に移動させた。


「え?」

「奢りだ」

「あっ、ありがとうございます!」


 一希があまり金銭を持っていないのを知ってか知らずか、登慈のありがたい気遣いに一希は礼を言った。


「私の焼売もよければどうぞ。みんなで分けるつもりで頼みましたから」

「ありがとうございます!」


 さらと登慈の好意をありがたく受け取り、一希はもらった料理を頬張った。

 幸せそうに食べる一希の姿を見てさらが微笑む。常に無表情な登慈も口角が少し上がっていた。


「ごちそうさまでした!」

「お腹いっぱいです」

「ああ、うまかった」


 三人は満足そうに店を出る。食事が終わると三人並んで自警団本部に帰った。

 玄関に上がると広間の前で黄怜と伊織、遊太が話をしていた。


「おかえり」


 一希たちに気づいた黄怜が三人の方を向く。


「今帰ってきたってことはみんなご飯は食べたのかな? じゃあ、午後の話をしようか」


 伊織が一希たちに声をかける。

 黄怜は仕事に戻り、伊織と遊太を加えて一希たちは机と座布団の敷かれた部屋で仕事の話をすることになった。


「今日は新人である塔坂ちゃんも含めて五人で一緒に見回りをします。場所は住宅街の東区。塔坂ちゃんは俺たちの仕事を見てどんなものか体験してもらいます」

「習うより慣れろってやつだねー」

「わかりました」


 一希は頷く。


「あれ、俺たちは固まって動いていいんですか? 他の区の見回りとか」

「ああ、そこは心配ないよ。今日は他の区はべつの隊が巡回してるから」

「そうなんですか、よかった」


 ふと疑問に思い、尋ねる。伊織の返事に一希は安堵した。


「じゃあ、早速行ってみよう! と言いたいところだけど、塔坂ちゃんはどれくらい強くなったのかな?」

「自分の身は自分で守れるくらいにはなったと思います。半日でここまで鍛えられるとは素晴らしいです!」


 伊織の問いにさらが答える。

 褒められた一希は少し照れくさそうに視線を下げた。


「へぇ、それは心強いな」

「そ、そんなに期待しないでくださいよ?」


 にっと口角を上げた伊織は一希を見つめた。

 一希は慌てて首を振る。


「そういえば武器はどうする?」

「ああ、そうだ。大事なことを忘れるところだった。ありがと、登慈ちゃん」


 登慈の言葉に伊織は思い出したように頷いた。


「武器庫に行こうか」


 伊織がそう言った。

 伊織の案内で場所を移動する。

 建物の奥の方の、厳重に鍵をかけられた扉を伊織が開く。

 部屋の中に入り電気をつけると、壁一面に剣や刀などの武器が並べられていた。


「すごい景色……」

「こんなにたくさんあると壮観ですよね」


 一希の言葉にさらが同調する。


「ここにあるのは自警団、もとい黄怜さんが所有している武器だよ。悪鬼を素手で倒すのはなかなかに大変だけど、この武器を使えば俺ら人間でも倒せるようになる」

「一応銃器や弓の類いもあるのですが……三番隊のみなさんは刃物を選んでいますね」


 さらの視線の先にはマスケットや弓矢が置かれている場所があった。


「私は慣れ親しんだ刀を使っていますが、他のみなさんは西洋風の剣を使っていますね」


 さらの言葉に視線を動かすと、たしかに制服を着た彼らの腰に携えられているのは剣や刀だ。


「俺も好きなのを選んでいいんですか?」

「べつにそれでもいいけど、俺のおすすめはさらちゃんに決めてもらうことかな」

「はい、お任せください!」


 伊織の言葉にさらが頷く。


「じゃあ、お願いします」


 本物の刀などは見るのすら初めてで、違いなどいまいちわからない。なので一希は伊織の提案通り、さらに決めてもらうことにした。


「はい、わかりました。こちらです」


 武器選びを任されたさらはなんの躊躇いもなく壁に飾られていた武器を手に取り一希に差し出す。


「これは脇差です。刀より短く、一希殿でも扱いやすいと思います」

「うんうん、いいね。慣れるまでは扱いが簡単なものの方がいい。そっちの方が怪我する確率も下がるしね」


 一希はさらが差し出した脇差を受け取る。

 さらの腰にあるものよりは短いが、鞘に立派な装飾が施されていて美しさと上品さを感じさせる。


「ところでお兄さんの制服はまだなの?」


 一希が脇差に見惚れていると遊太が尋ねた。


「ほんとだ、まだできてないのかな? 俺のときは次の日にはできてたのに」

「あっ」


 登慈がしまった、とばかりに口を開く。


「渡しておいてくれと言われたのを忘れていた……」


 登慈は申し訳なさそうに顔を逸らす。


「道場の更衣室の棚に置いてある」

「あはは、着替えてきます」


 視線を逸らしながら言う登慈に気にしてないですよというアピールで笑って一希は武器庫を出た。

 建物から出て道場の更衣室に入るとそれらしき棚を見つけて扉を開ける。

 中には伊織たちが着ているものと同じ制服が入っていた。

 初めて着る服に少し苦戦しながら着替えると腰に脇差を差す。

 更衣室の鏡に映る自分の姿を見て、一希はふふんと鼻を鳴らした。


「かっこいいな……」


 前、横、斜めなど様々な角度から自身の姿を見ていると更衣室の戸が叩かれた。


「はい?」

「着替えられたか?」

「あっ、はい!」


 返事をして慌てて更衣室の外に出ると登慈が立っていた。


「どうですか? 着方、これであってます?」

「ああ、問題ないぞ」

「よかった」


 念のため登慈に服装をチェックしてもらう。

 これで間違っていたら恥ずかしいな、と思ったがあっていたようで一希は安堵した。


「みんな外で待ってる」

「わかりました、行きましょう!」


 登慈とならんで道場を出ると自警団本部の出入りに向かう。

 開かれた門に体を預けるようにして遊太たちが待っていた。

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