第9話
「最近東区で悪鬼の目撃情報が少なかったのは、こうして集まっていたからなのか?」
登慈が眉間に皺を寄せてそう言った。
「信じらんない……悪鬼がこんなにいっぱいいるところなんて初めて見た」
隊で一番悪鬼に飛びかかりそうな遊太ですら、目の前の光景に足を止めている。
「これは黄怜さんに報告するべきだな」
「はい、さすがにこの数を相手にするのは苦しいかと。応援を呼びましょう」
伊織とさらの提案で一度本部へ帰ることになり、一希たちが踵をかえそうとしたとき、一番端にいた登慈が立ち止まる。
「登慈殿? どうされました?」
「遅い。囲まれた」
「っ!」
登慈の前には悪鬼が二体立っていた。
前方に気を取られて、背後に近づいてきた悪鬼に気がついていなかった。
「俺は見つかったが、お前たちはまだだろう。俺が時間を稼ぐ!」
そう言うと登慈は走り出し、剣を抜いて悪鬼に襲いかかった。
「まずいね、公園の中の悪鬼たちも登慈ちゃんの存在に気づいた」
「登慈殿を放ってはおけません!」
「僕が登慈センパイの応援に行く!」
「待て! 登慈ちゃんを救うにしても、作戦をたてろ。考えなしに飛び出すな」
一人で戦う登慈を助けようと身を乗り出した二人を伊織が止める。
「まず、さらちゃんが登慈ちゃんの応援に行って、とにかく目の前にいる悪鬼を倒して。遊太ちゃんは遊具の上でふんぞり返ってる悪鬼をやって。たぶんあいつがこの群れのリーダーだ」
伊織は三番隊の隊長らしく冷静に状況を確認し、隊員たちに指示を出す。
頷いた二人を見て、伊織は一希に向き合った。
「俺たちで時間を稼ぐから、塔坂ちゃんは一度帰って応援を」
「みんなを置いて逃げろって言うんですか」
「逃げるんじゃない、助けを求めるんだ」
伊織は一希に目を合わせ、冷静に話しかけるが一希は首を縦に振らなかった。いや、振れなかった。
「でも……俺はまだ、土地の把握ができてません!」
一希は拳を握りしめ、顔を歪める。
住宅街は入り組んだ構造をしている。複雑な上に初めて来た場所を案内なしで帰れるほど、一希は周辺の地図を覚えられていなかった。
伊織たちがしまった、という表情を浮かべる。
「仕方がない。塔坂ちゃんには自分の身を自分で守ってもらって……」
「いえ、私にいい案があります」
伊織の言葉を遮ってさらが口を開く。
「一希殿には……」
「え? でもそれは塔坂ちゃんが危険じゃ」
「早くしないと登慈センパイ大変そうだけど」
二十体近くいる悪鬼のうち数体ほどを登慈は既に倒していたが、一人で相手をするのはきついのか表情を歪ませている。
「よし、塔坂ちゃんに稽古をつけたさらちゃんができると言ったんだからできるはず。任せたよ、塔坂ちゃん!」
「はい!」
さらの作戦を聞いた伊織は悩む素振りを見せたものの、登慈の体力を考えると最終的にその案で行くことにしたようで、まずさらと伊織が陰から飛び出す。
そして登慈、伊織、さらの三人が倒した悪鬼の隙間を駆け抜けた遊太が遊具の上に座る悪鬼に斬りかかった。
しかし、他の悪鬼たちがそれを庇うように立ち塞がる。
「ちっ!」
悪鬼のカウンターをすんでのところで躱した遊太が舌打ちをする。
公園にいる悪鬼は残り十一体。
個体自体はたいした強さではないが、集団で動くため注意力が散漫になり、倒すのに手間取っているようだった。
「さすがに数が多いですね」
「ああ、ちょっと疲れたな」
登慈とさらが背中を合わせて呼吸を整える。
「手を貸そうか?」
「こんくらい平気だよ。と言うか先輩の方が疲れてるんじゃないの?」
「はは、まぁお前らよりは体力が少ないからな」
悪鬼に囲まれた状態でも遊太と伊織はいつも通り軽口を叩いて笑っていた。
「これが終わったらみんなで晩ごはん食べに行こうよ」
「いいね。遊太ちゃんから誘うなんて珍しい」
「もちろんセンパイの奢りだから、ね!」
四人が悪鬼を倒していくのを横目に建物の陰を利用して姿を隠しながら一希は走る。
一体、また一体。悪鬼が倒れていき、残り八体。
残りの悪鬼が十体をきると、さすがにまずいと思ったのかリーダー格の悪鬼は思い腰を上げた。
目の前の悪鬼の相手をしていた伊織に、リーダー格の悪鬼が刺々しく重厚感のある棍棒を振り下ろさんと腕を上げた。
「っ!」
「おらっ!」
その攻撃が伊織に届くより早く、建物の陰を通り背後に回り込んだ一希が脇差を抜き、リーダー格の悪鬼の首に斬りかかる。
「がぁっ」
背後から襲われたリーダー格の悪鬼は防御もなにもできずに一希の一撃をその身に受ける。
リーダー格の悪鬼は短く野太い悲鳴のような声を漏らすと同時にその首を落とした。
その光景を見て他の悪鬼たちの動きが止まる。
「今です!」
「片付けるよ!」
悪鬼たちが動揺する隙をついてたたみかける。
残りの悪鬼も抵抗する間もなく倒れされていった。
「はい、おしまい」
「お疲れ様です」
遊太のかけ声でみんな剣を鞘に収めた。
一希も脇差を鞘に戻す。
「登慈ちゃん、大丈夫?」
「ああ、擦りむいた程度だ。このくらい問題ない」
伊織の問いに登慈は頷いた。
登慈の制服は泥で汚れていたが、たいした怪我はしていないようで服についた汚れを手で払っていた。
「そっか、それならよかった。塔坂ちゃんも怪我してない?」
「あっ、はい。大丈夫です!」
伊織が初めての悪鬼退治を終えた一希に声をかける。
一希は地面に倒れて消えゆく悪鬼の横を通って伊織たちの元に駆け寄り返事をした。
「お兄さん、初めての実戦にしてはいい動きだったよ」
「ほんとに? ありがとう」
遊太の褒め言葉を素直に受けとると、一希は安堵の息を吐いた。
「緊張した……」
さらが立てた計画は四人が悪鬼を倒して注目を集めているうちに一希が裏にまわり、一番警戒心の高かったリーダー格の悪鬼に奇襲を仕掛ける、というものだった。
もし自分が失敗したらやられていたかもしれない、そう思うと今更ながらに一希は体を震わせた。
「驚いくことにあの悪鬼が他の悪鬼に指示しているように見えたからね。一緒に行動しろ、程度の命令だったからなんとかなったけど、もし俺たちみたいに奇襲を仕掛ける知性があったらと思うと身がすくむよ」
「黄怜殿にしっかり報告せねばなりませんね」
お互い顔を見合わせると周囲に悪鬼の残党がいないか注意しながら元きた道を辿り、街に帰る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます