第42話

 近藤の家にコウと由貴が向かった。玄関を開ける前からよそとの空気と違うのがすでにわかる。


「おじゃまします! あちゃー、こりゃすごいわ」

「聞いてた以上だな……」


 2人は先日喫茶店で見た以上の黒いモヤにもう手遅れではないのかと不安になった。だが他の依頼もあり今になったのだが、部屋に入る前からモヤが漏れ出してしまうほどだった。


「まだ今はおとなしい方だな、サクッとやるから由貴、早く始めるか」

 呆気に取られている近藤を前に二人は準備を始めた。

「おう。では近藤さん、そちらにお座りください」


 近藤は黒ずくめのスーツでサングラスをかけて黒の手袋をつけているコウに対してなんだこの胡散臭いのはと思い、もう1人の由貴は背が高く熊のよう、ラフな格好でビデオカメラや機材を持っている。

 近藤はそれらの機材を見て


「撮影するのか?」


 と手際よく撮影準備をする2人を止めようとした。


「記録用のためです。あと所長から聞いてませんかね、撮影にご協力いただき、こちらの映像を資料としてネットで流すご了承をいただければ料金を割り引くと」

「そ、そんなの聴いておらん。ネットで流すなんて……」

「大丈夫です、プライバシーはしっかり守って修正して流しますので。あとこのカメラにはその生き霊は映ることはありません……」

「ほんと大丈夫か」

「大丈夫です。プライバシーはお守りします、早くやりたいので、手短に」


 早速カメラの電源を入れて由貴はセッティングオッケーとのこと。

 コウは盛り塩、水と部屋の中の浄化グッズを用意し、近藤夫婦を畳に座らせた。


「申し遅れました、わたくし……除霊士のコウと申します。この横にいるのはカメラマン兼相方の由貴、由貴は撮影メインですが霊の種類によっては私と変わることがあるかもしれませんが……私が生き霊と話しをし、どう除霊するかきめたいかと思います……多分ここまで大きくなってるとなると……私が、となるかも知れませんね」


「は、はぁ……も、もういい、なんとでもしてくれ。これをなんとかしてくれ」


 近藤はもう限界であった。どこに生き霊がいるかわからない、それに苦しむ。

 自分よりもだいぶ若い見ず知らずの除霊師と名乗るコウに不信感しか抱けない。

 コウは近藤夫婦を見る。彼らの背後に移動する。平然と慣れた顔をしつつも額から汗を流している。


「では、始めさせていただきます」


 コウは両手を構え、念仏のようなものを唱えながら何度も組み替える。近藤にとってステレオタイプのアニメや架空出来事のようなものにしか見えない。本当にこんなもので効果はあるのだろうか、疑う顔をしている。


「近藤さん、この生き霊はとてつもなく大きいものです。よくもまぁ十年近く……耐えたものです」

「そうだ、ずっと苦しめられていた、最初は怪我の後遺症かと思ったんだが……全くもってよくならん。病院もどれだけ変えたことか。どれだけ医療費がかかったことか、待たされたことか……」


「並ならぬ生き霊だ。生き霊は女性、取り憑くだけでもかなりの恨みと体力がないと……。そういえばだれかに思われる、恨まれるなどと心当たりはありますか」

「心当たり……ある、ある、ある……絶縁した妻の家族だ」

「そのご家族は女性?」


「妻の弟夫妻だ。弟嫁もかなりのしぶとさ。あと妻の独身の妹。妻の母親の遺産を勝手に猫ババしやがって。こっちが話をしたらそんなことするわけない、こっちは介護をしとって見合った金額を分けあったと言っていた。んなわけないだろ、不公平だ、こっちも何度も通っていたんだ。一時間以上かかって面倒を見にいったんだぞ、しかも妻は母親から虐待を受けていたのにそれでも自分の母親だからと心配して……」


 コウは呆れながらも首を振った。


「女性1人です、白髪の女性です。1人でこれだけのパワーを使えるなんてありえないです」


 近藤は首を捻った。義理の弟の嫁も妻の妹も歳は増していても遺伝なのか髪の毛が黒々している。


「だったらあれか……近所の竹本っていうばあさんか。町役員を一切引き受けず……独身の息子が家に居るのに全くやろうともせず、こっちがなぜやらないと言ってから毎日のように嫌がらせして来て、少し車を外にだしただけで……警察に通報しやがって。本当に良い迷惑だったんだよ」


 コウは首を横に振る。


「そんなに婆さんでもなさそうだ。きっと恨みのパワーが強すぎて白髪になってしまったんでしょう、他に心当たりは」

「そんなの知らんわ、さっさと退治してくれ」

「いや、正体がわかった方が……あなたもスッキリするんじゃないですか」


 近藤は机を叩いた。隣にいた妻は怯え震えた。それにはっとした近藤は我に返った。


「……すまん、でもいい加減にしてくれ。なんの生き霊がわしらを苦しめているんだ……ずっと苦しんでいたのに!!! 妻もこんな……こんなのになってしまった」


 と妻を指差す近藤。縮こまり、嗚咽を漏らしながら涙かよだれか何かわからないものを流し続ける。もはや老人でなくて人間でもない何にもない塊にしかすぎない。


「その生き霊も言っておりますよ……わたしも長い間苦しんできた、どこに助けを求めても誰も助けてくれなかった、たらい回しにされていたって」


 汗を大量に流しながらコウがそういうが近藤は見当がつかないようだ。


「……もしかしたら……もしかして……」


 とその時だった。


 コウが震えた、ものすごい身震いである。由貴はコウに駆け寄った。


「どうしましたかね」

「さらに巨大化している……あなたがどうでもいいから退治してくれと言うから尚更恨みが増して来ています……!!!! このままでは危険だ……」


 と同時に部屋の中がガタガタ震え、近藤は床にかがみ込んだ。コウと由貴は目の前の大きな生き霊と対峙する。生き霊は


『ゆ、るさ、ないいいいいい』

 と、とうとう声を発した。他にも恨みつらみをバァああっと吐き出す生き霊。言語化されない。


「どうしたらいいんだ!! 謝ればいいのかぁ!!!!!」

「謝ってもダメです、もう許さない、許さない、地獄の果てまで引き摺り込むと言ってます」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 近藤の妻が叫んだ。近藤は押さえ込もうとするが暴れる妻は部屋中を駆け回り、畳の上に倒れ込んだ。そして何か液体のようなものがじんわりと広がる。


「なんだ、なんだ……苦しい……苦しい……やめてくれ、誰なんだ……これ以上苦しめないでくれ」


 近藤は何者かに首を締められたかのように首を押さえて息ができなくなっていく。


「忘れたのか、わたしのことを……って。近藤さん……誰か忘れてるのか、それとも忘れようとしているんか???」


 コウの口調も荒くなる。近藤は狼狽えるが……。


「もしかして……アキエさんかね」

 近藤の口から出てきた一人の名前。


「そうですよ……あなたの息子の奥様だった方、アキエさん」


 近藤はそれがわかると


「うちら親族を十年前に怪我をさせて張本人がなぜ……」

「それだけじゃ足りなかったんやろうな!!! 彼女がその事件を起こした理由は聞いとるんかぁ!!!」


 コウは声を張り上げる。由貴も

「アキエさん自身の借金を隠すため……あとは」

 と言う。近藤は首を横に振る。


「あんたたち、近藤家に対する恨みですよ……義父母であるあんたらに恨みを持ち続けて……生き霊として……あなたたちに取り憑いていたんだ!!!」

 そう叫ぶと近藤は土下座をした。


「すまなかった!!!!! でもわしらは息子夫婦が心配で助けてやったつもりだったんだ! なのに大袈裟だ、過保護だ、もうこないでくれ夫婦の問題だって。孫……2人の子供たちのことを考えないのか、かわいそうじゃないか離婚するなんて子供が!!!!!!」

「それがお節介だったんだよ!!! って叫んでるぞ!!!!」


 アキエの生き霊はぐわんぐわんと部屋の中を駆け巡る。

「何がお節介だ!!! うちらは全部やってやったんだぞ!!!!! 家もおおおおローン地獄させないためにも先にワシの退職金使って家を買ってやったんだ。長男は住んでくれたが次男夫婦は、住まずにもったいないことしやがって、なくせしてお金がない時だけお金貸してクレェえええって。それに1日で終わるような結婚式にあんなにお金をかけやがって。しかも結婚して五年も経つのに子供はできない、不妊の女を嫁に取りやがって。でも事件の後に子供が生まれたのにも関わらずにいっさい顔を出さずに……長男の聡も事件が起きてから女と先に逃げやがって子供残して一流企業を辞めて蒸発してしまった、唯一の孫たちはワシらが大怪我をしているからと児童養護施設に引き取られてしまった!!! あぁ、かわいそうに、母親であるアキエさんもわしらに全く謝罪もなく手紙もよこさず……と思ったらずっとうちらを苦しめていたのか、何が自分は苦しんでるって言うんだぁあああああああ。お前の被害妄想だろ、ワシらはあんたらを思って全て助けてやったのにヨォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 と叫ぶ近藤は目が血走り声が枯れる。足元は水溜り、尿を漏らしたようだ。するとコウがカメラに向かって手を挙げる。


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