第43話

「由貴、カメラを止めてくれ。もうここで終りだ」

「……もうダメか」

「もう止められないぞ。完全にもうだめだ……」


 家全体の震えは止まり、静まり返った。そこには2人の老父婦が横たわっていた。


「……こんなの相手にしてたら俺らの体がもたないぞ」


 由貴からタオルと水を渡されてふぅ、とコウは息を出す。汗を拭きごくごくと水を飲む。そして口を右手で拭う。


「にしても最後の方は一気にどす黒いのが近藤さんにきたな」

「アキエさんの恨みに乗っかって近藤夫婦に過干渉されていたり、ひどい思いを受けた人たちの恨みが一気にどーーんて来たらしいなぁ。すっごい数の」


 畳の上には近藤の妻が人間の形をなして横渡っている。


「近藤さんの妻も過剰な被害妄想と持病の鬱と近藤によるモラハラで人間という形じゃないものになってた……彼女もある意味被害者だがアキエさんにとっては恨みの対象だった。嫁姑……そして嫁舅問題をめっちゃ拗らせた終焉ってことだな」


 とコウが指を鳴らすと一瞬で霊達が部屋の中をかけ周り荒れた部屋の中が元通りになった。

 近藤とその妻は同時に目が覚めた。尿の汚れも消えている。会った頃よりも穏やかな顔をしている。


「あなた達は……」


 今まで声を発しなかった近藤の妻が言う。すごくとぼけた顔をしている。


「……何をされたのですか、あなたは」


 近藤もキョトンとした顔をしている。コウと由貴は顔を見合わせた。


「覚えてないのですか……」

「ええ、全く」




 ※※※


「記憶まで消しちゃってどうするのよ!!!」

「すいませんでしたあ!!!!」


 探偵事務所に戻ったコウと由貴は美帆子にこっぴどく叱られてしまった。


 まだ近藤から前金しかもらっておらず、全ての記憶を失った近藤夫妻からお金を請求することはできなかった。


「いやぁーまさか記憶が消えるだなんてなぁー」

「なぁー」


 2人は見合って言うが……


「なぁーーじゃないっ!!!!」

「すいませんっ!!!」


 美帆子の声に2人はピシッとなる。


「近藤夫婦の記憶が過去の事故直後にまで戻ってしまって2人は生き霊に取り憑かれる前くらいだから彼ら自身もまるまる十年くらいごっそり何が何だかって感じらしい……」

 美帆子はため息をつく。


「……はぁ、じゃあここに依頼したことをすっかり覚えてないってことなんだな」

「そういうことなのよー、まぁ前金払ったことも覚えてなかったから返金はしないけど……」

「それはそれは。ラッキーでしたね……」

「ラッキーっていうかなんというか……」

「記憶は無くして、そっからどう過ごすかは俺らの知ったこっちゃないけどああいう性格だから自分らのしたことは忘れてまた誰かから恨みを買ってここに来るかもな」


 美帆子は頷く。が、少し表情が暗い。


「そうそう、茜部あかなべ警部から連絡あったわ」

「あーあのなべちゃん」

 コウは何度か会ったことのある自衛隊上がりの茜部警部。


「馴れ馴れしく言わないで。あの人がいるおかげであんた達はここで働けているんだからね」

「そうなんだよなぁ……で?」


 美帆子は椅子から立ち上がった。


「茜部警部の元上司がね、アキエさんが近藤夫婦始め親戚一同に怪我を負わせた事件に駆けつけた人だったらしくって話を聞いてきたらしいけどアキエさんの義父母、近藤夫婦だけでなくて旦那から暴力言葉の暴力を受けていたの。……モラルハラスメント、モラハラ。ただの夫婦喧嘩、嫁姑舅問題ではなかった……目に見えない暴力だったから誰に訴えても助けてもらえなかった。近藤夫婦も過干渉尚且つあの性格だから自分が人に対して嫌な思いをさせていることの自覚がなったから自分たちが加害者であったことなんて全くも思ってなかった」


「被害者意識強いってやつだろ。他の件に関しても近藤夫婦が悪いのにこっちがしてやったとかなんたら鬱陶しかったぞー」


 コウはうんざりとした顔をしている。首をポキポキ鳴らす。


「あと残念なことにアキエさんは除霊時刻と同じ頃に心筋梗塞で亡くなってたわ」

「……まじかよ」

 コウと由貴は言葉を失った。でもアキエの生き霊は一気に消え去ってしまったため察しはしていたようだが。


「あなた達が殺したわけじゃないわよ……もともと精神を病んで心臓も悪かった。でも顔は穏やかだったらしい。白髪で痩せ細っていてみられる姿ではなかったらしいわ……逮捕されてからずっと精神病院に入院していたそうよ。自殺も繰り返してて……聞くだけでも辛い。彼女は辛い思いをしてたのよ、人を傷つけるのはいけなかったけどそうなってしまったのはとても残念だわ」


 美帆子は涙ぐむ。


「……生き霊になってあの夫婦に取り憑いていたけど……アキエさん自身も恨みというものに取り憑かれとったんやなぁ……写真で事故前の見たことあったけど美人さんだったのになぁ」


「今回の件でわたしはできるだけ追い込まれているお嫁さんを救う方法を探そうと思っているの。カウンセリングや離婚アドバイザーやモラハラに詳しい弁護士や機関との提携もしてみるわ……」

 コウはふむふむと。

「どんどん事業拡大しますなぁー」

「そうそう、嫁は召使いじゃない。女性も活躍する時代よ。世の流れに合わせて探偵業も変えていかなきゃねぇーもちろんその逆、お婿さんも……人を雑に扱う人は最低よ」

「ねぇー」


 ゴマスリが得意なコウがニコって笑うと美帆子も笑うが目は笑ってない。


「ねぇー、じゃないわよー。今回の除霊代は払えない分、また喫茶店で一週間働いてもらいますわ」

「エェー」

「……」

 ギロリと睨む美帆子。たじろぐコウと由貴。確かにお金をもらわないと生きていけない。

「……働かせてもらいます……」


 コウがか弱く同意したら由貴もうなづいた。給料が払われないと生活はできない、そのためには働くしか無い。


「そうそう、あなた達2人が店員さんやってくれるとマダム達も喜ぶのよ」

「知ってますよ、期間限定イケメン喫茶」


 実のところコウは今までに何回もやっており、付き合いが長くて実家の居酒屋の手伝いをしていたコウに関しては時たま岐阜に帰る際には何度も喫茶でウエイターをやっていた。


「どれだけ金稼ぎすんだよ……でも僕らイケメンなんだね」


 コウと由貴は見つめあって笑う。


「喫茶店は薄暗いし、マダムだからはっきり見えないからほどほどイケメンに見えるのよ」

「なんですってぇ!」


 拍子抜ける2人。美帆子は2人の前に立ち


「さぁ、さっさと元を取りなさい!」

「へぇえええええい!」



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