第41話

「書き終わりました……」

「ご苦労様です。結構うちは最後に回ってくることが多くて……でもこれより先はすぐ解決いたしますので気を楽にしてくださいね」

「ほ、ほんとうかね」

「はい」


 美帆子の柔らかな対応に近藤は心がほぐれるが隣にいる妻から何か殺気立つものを感じ、咳払いした。

 遠くから見てるコウと由貴も殺気立つものと先ほどからみえていた黒いものがさらに増長されているのがわかった。


「十年前に事件で大怪我されてから通院を繰り返し、怪我がほぼ治ったのにも関わらず体調は良くならない、とくに奥様は事件によるPTSDによるものかと思ったのだがそうではない、との診断が昔から通っていた心療内科で下される。のちに県の大病院や警察、なぜか役所に回され、知り合いから紹介された寺の天狗様のところまで相談に行った」


 と美帆子は書類に目を通す。


「にしても、天狗様が生き霊が取り憑いておると言っておったが何故探偵さんがいるここに案内されたんだ……」

「うちは探偵事務所といっても多岐に渡ったことを取り扱ってまして。もちろん私1人では無理ですから他の専門の者と業務提携していてそちらとご依頼にあったものをリンクしていくんです」

「……けっきょくまた、たらい回しか」


 近藤はボヤいた。


「そうは見えますが、餅は餅屋……専門のものが解決しないと結局ダメなんですよ……で、生き霊……だから」


 美帆子はタブレットで何かを検索して見つけ出した。そしてカバンからスマホを取り出しメールを送る。コウのスマホに入る。すぐさまオッケーという文字の返答。まぁ渋々、ていうかんじでもあるが。

 とりあえず動ける日時をコウは送った。

「……はよせんかい、こっちはもうずっと調子が悪い、苦しんでるんだ」


 美しき美帆子マジックはもう消え去ってしまったのか……話をろくに聞かず最新機器を使う彼女に対して苛立ち始めた。


「よしっ……」

 そして満遍の笑みで近藤夫妻を見た。


「早くて明後日の夕方、ご自宅まで伺います」

「明後日ぇえええ? しかも夕方だとぉ?」


 とうとう近藤の堪忍袋は切れた。立ち上がって大声を出した近藤は我に帰って周りを見ると客はいつのまにかいなくなっていた。コウと由貴も事務所の方に戻った。


「……明後日……本当に明後日でなんとかしてくれるのか?!」

「はい、天狗様の直々のモノが……と言っても若い2人ですが、そちらに参ります。その2人が解決いたします」

「……そうか」

「はい、では前金をお納めください」

「前金?!」

「ご契約頂かないと明後日に伺うことはできません、どうされますか」


 美帆子の微笑み。隣にはその美しい女性に似つかぬ老いぼれた妻。


「……ぬう、いくらだ」

「はい、こちらになります」


 

 金額を出すのは早い。近藤はその金額を見て目をギョッとさせる。


「こんなん……」

「他にも除霊師さんってどこにでもいるんですよね、まだうちはリーズナブルな方なんです」


 と言いながら美帆子が微笑む。目は笑ってない、近藤をただただ見ている。





 ※※※

 近藤はこの2日ほどは悪夢にまたうなされていた。そのせいで朝も早くから目が覚めた。事件に巻き込まれ大怪我をし一年後にようやく歩けるようになったが、歩くのが精一杯で小さく縮こまった妻が同じく悪夢にうなされているのを見て可哀想にと背中をさするがうなされ苦しむ声しか聞こえないのだ。


 生き霊……生き霊……霊でなく生き霊、誰なんだ……誰がと近藤は思い悩む。机の上は妻の睡眠薬、薬、自分自身の高血圧の薬……そればかりが嵩む。


 前金を10万も出すのか、躊躇ったようだがそれにプラスしてあといくら出すのだろうか、出せばこの悪夢から覚めると信じてずっと倹約をしていた近藤は惜しまなくてもいいだろうと思った。

 家は五十年前に建てた日本家屋だが子供達はもちろん巣立ち夫婦2人だけ。ローンはもう完済。 

 

 55歳で早期退職した近藤は退職金を注ぎ込んで近所二軒の中古住宅を買い子供達家族にと住まわせようとしたが長男一家しか住むことがなく、次男一家は住むこともなく、挙げ句の果てに長男一家はもう住んではいない。

 他のお金は株に投資をしたが一つの会社の株が崩落し大損をした。それは家族には言わない、近藤は見栄を張っていた。


 その時、近藤はふと気づいたのだ。生き霊の正体はアレだと。 


「まだあいつは生きておる。わしらを傷つけた上にまだ苦しめているのか……この野郎……うううううっ」 


 立ち上がると胸が締め付けられるような痛み。胸には事件で出来た傷痕が。


「くそぉ……なんとかしてくれぇ……」


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