第七章 新居に誰かいる
第27話
コウが仕上げに簡単なお祓いをしてから慌てて店から出て少し歩いたところに昔ながらの喫茶店があった。
そこに入るとさっきのシゲと同じ顔が2人、並んでカウンターにいた。由貴は目を擦った。二人の元にウエイトレスがやってきて
「コウさん、お待ちですよ」
と目線を喫茶店の奥に座っていたのが、喫茶店と併設している真津探偵事務所所長の
「遅い、遅すぎる」
「すいません」
コウは苦笑い。いつもヘラヘラしてのらりくらりしている彼がたじたじになる相手、そりゃ雇い主と雇われ。いやそれ以上何かあるのだろう。由貴も彼女のきつい目線で心拍数が上がる。
「そちらが例の幼馴染の由貴くん」
「はい、初めまして。すいません……遅刻してしまいまして」
美帆子はニコッと微笑んだ。
「初めまして。動画は見たわ。素晴らしい編集と除霊作業お疲れ様。こちらに戻ってきたからには覚悟されているってことよね」
「……覚悟というか」
いきなりの問いかけに由貴はドキッとした。覚悟よりも仕事もないし、他に住む場所が無いだけであって地元に戻ってきたと言いたいところだがこんな自分を雇ってくれる人だと思おうと頷くしか無いと由貴は頷く。
「一応私は主人の跡を継いで……あ、今彼はあそこでコーヒーを淹れているあのマスターだけどさ」
美帆子が指差すカウンター奥では美帆子の年齢にしては夫というには少し歳が上では無いかと思うくらいの白髪混じりのオールバックの男性だった。例のシゲに似た男の一人。
コウがいうにはシゲの兄たちがここでマスターとして喫茶店を営んでいるようだ。まさかここにくる前にシゲと会ってきたというのは偶然だったのか? と由貴は思った。
「主人は昔、警察に勤めてそのあとこの探偵事務所で探偵をやっていた。三年前に探偵業を引退し私がここに嫁いでから名前は探偵事務所だけども探偵業以外に他の分野のプロたちと業務提携して多岐にわたって運営しているの。あ、私は仕事の振り分けと、主に女性相談や夜逃げの手続きなどをしているわ」
「……夜逃げ……」
奥にいる元探偵のマスターと目があった由貴。微笑まれて由貴は会釈した。本当にシゲに似てるなぁと。
「その辺のことは後々話すから。探偵業は私自身やってないけど、何人か全国にいる探偵さんとオンラインで繋がってるし……そうそうコウともネットで仕事を依頼して、あ……こないだのルームロンダリングにあのアパートの件もね。ここ最近は探偵業は浮気、不倫調査が多くて。あとは夫からの暴力から逃れたい女性の救出、夜逃げ手配……でもそれらよりも多い依頼は、除霊作業なの」
そこに先程のウエイトレスが2人にコーヒーを持ってきた。一緒にトーストと茹で卵とサラダまで置かれる。この地域で「モーニング」と呼ばれるサービスで、この午前中の時間帯はコーヒーに何かしらつくのはお決まりである。
それを丁寧に置くウエイトレスと由貴は目が合う。
「私の娘……渚よ、と言っても主人の前の奥様との間の子供だけどね」
確かに渚は美帆子の年齢を見ると娘、と言うには年が上すぎる、と由貴は思った。渚は表情を変えず会釈すると他の客の対応をしに去った。
コウはこれこれ~とモーニングに喜ぶ傍ら、由貴は渚の後ろ姿を追った。
「……渚、さん……」
そう、由貴は渚の美しさに一目惚れしたのだ。
喫茶店にて美帆子と就労契約を正式に交わした由貴。
他にも仕事の依頼は天狗様からのものと一般の人たちによるものと分かれているとのことだ。
他にも何人か全国にいる霊媒師(事前に面接をしており、自称霊媒師や怪しいものは採用してはいないとのことだが)たちに振り分けているそうだ。
「どの霊媒師さんたちもすごく有能で優秀だけど一番信頼しているのはコウよ」
「そこまで言われると照れますなぁ~いっつも可愛がってもらってますぅ」
とへこへこし始めるコウ。美帆子もじっとりとした目で彼を見る。由貴は思い出した。コウは誰に対しても愛想はいいがさらに自分を可愛がってくれる人に対してはすごくニコニコして尽くす。
それは表面上のことだけだが。相変わらず自分にない世渡り上手な人だと由貴は感心する。
「そこに由貴くん、あなたが加わってからもっと精度は上がっているわ。コウとは違った能力があるのね……コウくんだけでもすごいけど2人揃うと最強になるのね」
そう美帆子がいう。由貴は嬉しくなった。
「ありがとうございます。僕も久しぶりにコウと再会してまだそんなに経ってないけど……これから少しずつ頑張っていこうと思います」
微笑ましく美帆子は見ていた。
「そんな最強な2人に早速ですがご依頼が来てるからここの資料を読んで明日朝十時に指定された場所に行って除霊作業をよろしく。もちろん同時に動画撮影も許可済みだから由貴くん、バッチリ宜しくね」
「はいっ」
由貴は喫茶店であるというのに大きな声で返事をしてしまい、他のお客や美帆子、そして奥にいるマスターが笑って恥ずかしいい気持ちになった。が、1人だけ笑ってはいない。
渚だった。その無表情さの中にある澄んだ瞳に由貴は引き込まれていく。
「お前、なにぼっとしてるんだよ。返事だけ立派で中身ボーッとしとったらダメだろ」
「すまんすまん……そいやこないだまでの除霊作業のお給料って僕の分はあるの」
というとコウは目が泳いだ。
「おかしいわね、コウくんの通帳に由貴くんの分も入れたんだけど……」
「コウっ!!!」
「わかったわかった!ちゃんと渡すからその手を離せ、首が苦しい!!!」
「ネコババしやがって」
「食事代しばらく出してたの俺なんだけど!!」
美帆子は苦笑いして2人の喧嘩を眺めながらコーヒーを啜った。
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