第26話
「ふふっ」
話を聞き終わった後、コウが笑った。
「何かおかしいか」
「いや、そのな……由貴がウエイターはともかくバーテンダーってのが」
「悪いか! 似合わないってか? 酒作れば特に他の変な交流も要らなかったし……。一応どの仕事よりかは長く続いた方なんだよ。店主もいい人でさ。経営不振がなければ今頃トップバーテンダーだったのに」
「由貴がバーテン……」
昔から由貴の性格を知ってるコウにとっては不恰好でそぐわない職種だと思っているのだ。
『たしかに……わたしも由貴さんにはバーテンダーは違うかなと』
「え、おじさんもそれ言う?」
シゲがそう言うのだ。由貴はがっかりした。
『全く違う、という感じではなくて生活のために働いている感じがしましてね。一つ一つ業務的なこなし方をしてて……楽しさが見えなかったんですよ』
その言葉に由貴はハッとした。図星であった。確かに賄いが1番の目当てだった、と。仕事どおりにやっていれば賄いと給料はもらえる……あの頃を思い出すと作業やお酒などの名前を覚えるのも大変で楽しかったがいっぱいいっぱいだった。
『……厳しいこと言いましたね、すいません』
「いえ、おっしゃる通りです……さっきは経営不振のせいと言ったけど多分続けててもうまくいかなかったと思う」
『私の昔の恋人もバーテンダーでして、彼は飲食店で働くのはほぼ初めてで覚えながら見よう見まねで仕事してたものの、人にものを作って食べたり飲んでもらうことが天職とわかった頃から余裕ができてきたんですよね』
「……天職……、おじさんはこのテーラーの仕事が天職ですよね」
シゲはうなずいた。
『学生時代にわたしも人のこと言えませんが生活のためにデパートでアルバイトしてまして、配属されたのがスーツ売り場だったんです。在庫管理だけでなくてオーダースーツの採寸補助をすることになって……』
とシゲが話し始めると由貴はじっと聞き始めるが、隣でコウが小突いた。
「由貴、こっからの話長くなりそうだな」
「聞いてあげようよ……ほら、話をさせてすっきり成仏のパターンかもしれないし」
本当に長い話が嫌いなコウ。
「かもしれないけども……」
「失礼だろ、コウ。とりあえず聞こう」
と、その後1時間近くシゲのテーラーを目指した話からその後の軌跡を話し始めた。
まだ終わりが見えないうちにコウはもうこれはだめだと、由貴を再び小突いた。
「いい話だなぁ……」
気づくと由貴は泣いていた。コウはハァン? と呆れ返った。
「あ、そういえば!」
といきなり由貴は何かを思い出したのだ。
店主の話の途中で大きい声を出して話を遮る形になってしまった由貴。
「すいません、話の途中で」
『いえいえこちらも……私みたいな老いぼれの半生なんぞ。それよりなにかありましたか』
と反対に気を遣ってもらう始末。それは申し訳なく由貴は思うがある意味とばっちりのようでコウを睨むが虹雨は無視をする。都合が良すぎる。
それはさておき、由貴は自分のカバンの中から真空パックで包まれた塊を出した。封を開けると一気に大きくなり、中からシワシワのズボンが出てきた。
「お前その荷物の中にそれ入ってたのか?」
「うん、貰い物だったし……いいパンツだったから捨てられなくてさ」
そう、あのときシゲからもらったパンツである。
シゲはそのズボンを手に取ると
『持っていてくださったのですね。……別に捨ててもよかったのですよ』
「いや、そのあとお店でも履いてたし……持ってる服の中では高級品でして」
『そうだったんですね』
シゲはどこかしらほっとしたような顔をしてる。
「これ、お返しします。ってこんなにシワシワで使い古してしまったのですが……きっとおじさんならこの再利用方あると思って」
『そうですねぇ、最終的には雑巾……』
「えええっ!!」
『冗談です……これは実は元恋人のものであった頃はあの時のあなたくらいにガタイが良くて。もう細くなったから着られないとどなたかに、と言われたんですけど手放したくないなぁという時にあなたと出会いましてね』
「すいません、そんな大事なものを」
『いいえ、大切に履いてくださってありがとう』
店主はほほえみ、そのズボンに向かって
『おかえり……』
そういうと彼はスゥッと消え、店の中も一気に何もなくなった。
「成仏された」
「由貴にもできるんだ」
「優しい成仏のさせかただな、誰かさんの説教成仏と違うなぁ」
と由貴が笑うと
「うるさい! あれはパフォーマンス。他のインチキ霊媒師と差別化させるためのだっ!」
「あ、コウ。自分でインチキ言ったー」
「黙れ、インチキじゃない!」
「ほら、ムキになってる!」
「誰のおかげで生きてんだよ!」
「るせー!」
2人はまた相変わらず喧嘩。しかしコウはハッとした。
「だめだ! 遅刻。所長に怒られてしまう」
「遅刻はコウのせいだぞ!」
「お前が入ったからだ、あほ。それにおっさんの話長いし!」
と由貴がふと店の棚のところに写真たてがあるのに気づく。
若かりしき頃のシゲと若い男性の写真。肩を抱き寄せあってる。
「そいや、恋人のことを彼、とか言ってたな」
「なにしている、早く行くぞ!」
「はあい」
由貴はその写真の埃を払い元に戻した。
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