第25話
これは何年か前の話。まだ、由貴は東京に住んでいた頃のこと。
バイトを転々とし、食い繋いでなんとか過ごしていた由貴はとあるバーでバーテンダーとして働いていた。
望んでいた仕事ではなかったが、賄いも出てお酒もそこそこ嗜むこともあってのことだった。
お昼はランチ営業なので昼前から仕込みに入れば昼ごはんと夕ご飯と帰りには軽く夜食も食べられる。
朝は食べていない由貴にとっては美味しい仕事でもあった。
そして昼はウエイター、夜はバーテンダーと喋ることが少ないため性に合った良い仕事を見つけたと喜んだくらいであった。
だがあまりにも賄いが美味しすぎて太ってしまったのも事実。
とある日。バーでとある紳士に由貴はお酒を頼まれた時に道具を落としてしまいそれを拾おうとしゃがんだ瞬間。
びりっ!
と大きな音を立ててズボンのお尻の部分が破けたのだ。
カウンター越しでそのやぶれたところを見られてしまった。他の従業員は2名ほどいて着替えてこいと言われたのだがお金のない由貴はズボンはこの一着。サイズも他の従業員に比べて大きかった由貴。あたふたしていたその時である。
「よかったら直しましょうか」
目の前に座ってきた紳士が声をかけてくれたのだ。破れたことに恥ずかしかった由貴。だがその紳士は笑うことなく手を差し伸べてくれたのだ。
あいにく客は他数名の常連だけであり、由貴とその紳士はソファー席に座り、なんと紳士はカバンから裁縫道具を取り出してズボンの破れを繕いはじめだのだ。
あっという間に縫われ、元通りになったもののズボンはぴちぴち。上のベストもパンパンであった。
「これはこれは……サイズが合わないと動きにくいのでは」
「この仕事についてから10キロ太りました」
「これも先輩のお下がりでしょう、まぁ同じくお下がりになりますが似たようなものをたまたま持ってるから明日持ってきてあげるよ」
とその紳士は微笑んだ。背はそれなりに高い由貴よりもさらに高く、細くて整った顔立ち。40は超えているようだがバーボンの似合う男性だ。
神様、仏様……というのは彼のことだ、と大袈裟ながら思った。(天狗様に助けられたくせに……?)
次の日、約束通り紳士はベストとズボンを持ってきた。なんとピッタリ。細かい修正もその場でしてくれた。
「実は僕は仕事の用でこっちにきてるんだが、岐阜で仕立て屋をやってるんだ」
「えっ!」
由貴は自分と同じ出身の人だと驚く。先輩には自分のことは話してはいけないと言われていたため何も返さず名刺をもらったのだ。
「シゲ、で覚えておいてくれ」
そう、それが由貴と店主シゲの出会いであった。
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