第49話 決戦と未来 #3

 大丈夫だよ。手加減してやったから。本気だったら、柵にわざと頭をぶつけるようして落としてやったよ。まあ、それでもよかったんじゃねえかと思うがな。


 ミーナの思いを無駄にしやがって。やっぱり気持ちの整理ができてねえじゃねえかよ。このバカが。


 俺はチコに歩み寄った。


 このまま踏んづけてやろうか。そう思うぐらい、頭に血がのぼっていた。


 何がどうしたらいいのかな、だよ。


 先のことも考えられねえって何だよ。


 当り前だろう。先の事なんて、誰もわからねえんんだから、考えられるわけがないだろう。ない頭をどこに使っているんだよ、アホ。


 大事なのは、今だろうが。


 今、お前は何をしたんだいんだよ。どこへ行って、何をしたいんだよ。そのために何をすべきなんだよ。そこに頭を回せよ。


 さっきのミーナとの話で、お前は逃げたって言っていた。つらくて考えないようにしていたって。いいんだよ、それは。


 だけど、その先がなかった。


 今、どうしたいのか。何をしたいのか。


 心配してくれた親友に、そこを何も語ろうとしなかった。それは、逃げたことより大きな罪だよ。二重に自分をごまかしたんだからな。


 それで気持ちを封印なんてできるわけがねえだろうが。


 この大舞台で、そんなごまかしが通用するかよ。化けの皮はすぐにはがれるに決まっている。


 もういい。お前、帰れよ。


 いらねえよ。そんな腹の据わらねえ騎手なんて。俺一人で走った方がなんぼかマシだよ。ほら、行けよ。


 俺は首を振った。


 チコは尻餅をついたまま、俺を見ている。その顔には困惑があったが、微妙に目の色が変わっていることにも気づいていた。


 どうした、行かねえのか。


 俺が前に出ると、チコは立ちあがった。係員が近づいてくるのを手で制して、俺の首に触れる。その視線はスタンドに向く。


 最上階に、王様はいる。遠いから細かいところはわからねえが、確実にこちらを見ているぞ。


 チコ、あいつはお前を見ている。


 王様だけじゃねえ。ワラフもミーナも見ている。これから、お前がどうするのか、見守っている。


 さあ、どうするんだよ。それがわかっていて、何もしねえのか。


 チコは腰に手をあて、天を見あげる。大きく身体を回転させてから、もう一度、スタンドに顔を向ける。


「無様な姿を見せちゃったね。心配させたかな」


 口調が違う。おう、いいね。スイッチが入ったかな。


「気にしていないといいけれど」


 どうだろうね。とっくに愛想尽かしているかもしれねえぜ。


 男なんてな、女が思っているほど昔の女には興味がねえんだよ。


「これ以上は、さすがに駄目だね。行こうか」


 チコは軽やかに俺に乗った。


 表情は引き締まっている。これまでとはまるで違う力強さがある。


 おう。いいねえ。それだよ。


 チコ。それでこそお前だ。

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