第35話 悔恨 #2

 中学時代、自暴自棄になっていた俺は、競馬を見て、やる気を取り戻した。


 そのきっかけを作ってくれたのが、同じクラスの高崎聡史たかはしさとしという男だった。


 俺と違っておとなしい奴で、クラスではあまり目立たなかった。教室に隅っこで本を読んでばかりで、たまにつまんねえ連中に目をつけられていじめられていた。それを俺が気まぐれで助けたことで、話をするようになった。


 同じぐらい背が小さかったことも、仲がよくなるきっかけにはなったな。


 まあ、よくいる陰キャって奴だったんだが、競馬に関してだけは別だった。異様にウマのことに詳しくて、血統やら馬体やら専門家でも知らないことが頭に入っていた。で、しゃべり出すと、止まらない。一時間でも二時間でも語りつくす。


 いったい、どこにその情熱があるのかと思うぐらいで、驚いたね。


 何でも親父さんは獣医学部の教授で、元々、ウマの世界にかかわっていたらしい。で、聡史は親父さんの専門書を勝手に読んでいるうちに、知識がついたわけだ。


 中学の時、何度か、あいつの部屋に行ったが、驚いた。


 壁一面にファイルがあって、それがすべてウマ関係の記事。


 競馬だけじゃなくて、馬術や畜産に関する資料もあったな。父親からもらった雑誌を自分で整理して、いつでも読めるようにしていた。


 ちなみに、パソコンにも競馬関係の情報が詰まっていた。


 目にも留まらぬマウス操作で、海外の種牡馬情報をすらっと出してきた時には、開いた口がふさがらなかった。


 一年、付きあっていたら、俺も競馬博士よ。馬体に関しては、そこいらの専門家よりも知識だけはあったね。


 俺の運命を決めたのも、奴の一言だった。騎手について熱く語っているうちに、俺を見て、重大発言をした。


「君は騎手になりなよ。向いている」


 それで、俺は視界がぱあっと開けた気がした。自分の居場所を見つけたような気がして、後は突っ走った。


 聡史も手を貸してくれた。あいつの知識がなかったら、競馬学校の受験方法すらわからなかった。


 中学を出てからも、俺たちは顔をあわせた。実家には戻らなくとも、聡史の家には行ったし、学校を見学に来たあいつを案内したこともあった。


 聡史は名の通った高校に進学して、順調に生活しているように見えた。将来は馬主になって、俺を騎手にして乗せるって言っていたが……。


 それは、思いのほか早く崩れ去った。



「高校三年の時、聡史はもう引きこもりだった。家から出られない状態で、食事も満足に取らなかった。何回か会いに行ったけれど、顔を見ることはできなかった」


 高速の流れに乗ったところで、真理は淡々と語った。


「大丈夫だと思っていたんだけどな。もう少し気をつけていればよかった」

「お前のせいじゃねえよ。幼馴染にしては、よく面倒を見た方だ」


 真理と聡史は、親が昔からの友人だったこともあり、子供の頃から付き合いがあった。中学も高校もいっしょだった。聡史と俺との付き合いが深まったのも、真理が間を取り持ってくれたからだ。


「どうだろうね。あの時のあたしは、いっぱいいっぱいで、聡史のことなんてほとんど考えていなかった。会いに行ったのも、おばさんに頼まれたから。どうにかできるなんて思っていなかった」

「それは、俺だって同じだよ。騎手デビューしてからは、そっちに夢中で、あいつのメッセージも無視していたぐらいだかな」


 騎手になってからの三年間は、無我夢中だった。コネも技術もない俺が生き残るためには、ありとあらゆるところに顔を出して、自分を売り込み、少しでもレースに乗って結果を残すことしかなかった。


 そのためには強引なこともした。先輩の騎手には恨まれたこともあったし、年配の調教師にはあいつは絶対に使わんといわれたこともあった。つるし上げを食ったこともあって、キツイ日々だった。


 それでも成績があがって、名の通ったレースでも結果を残すようになると、回りの見る目は変わってきた。強引な騎乗は積極果敢と言われ、レース後の辛辣なコメントは優れた競馬眼の結果と評されるようになった。


 いいウマがどんどん回ってきて、さらに結果が出るようになり、G1レースの制覇も目前と思われた。


 俺はイキって、図に乗っていた。


 だから、聡史にも、あんな暴言を吐くことができた。


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