第34話 悔恨 #1

 墓参りを終えたところで、俺は大きく息を吐き出した。


 何か心のつっかえが取れるかと思ったが、そんなことはなかった。昔の傷はしっかり残っていて、墓を前にすると、改めて痛みを感じる。


 だが、不思議と不快な感覚はなかった。


 痛みが俺の一部になっていて、心に溶け込んでいるのがわかった。


 陳腐な言い回しだが、あの痛みがあるから今の俺がいる。そんな感じだ。


 どうしようもない俺だが、そんなに悪い奴じゃない。どうやら、まだやり残したことはある感じだ。


 俺は大きく息を吐いて、空を見あげる。


 冷たい風が首筋をかすめる。


 小高い丘に作られた霊園なので、周囲には何も遮るモノがない。墓の大きさもだいたい同じぐらいで、昔のみたいにでっかい墓石は見当たらない。顔をあげれば、丘の下に広がる住宅地まで見てとれる。


 彼岸までまだ間があることもあって、人影はまったくない。


 だから、顔を出しやすかったというのもある。曇ってはいるが、雨は降らなくてよかったよ。


 墓前を離れて細い道に出たところで、俺はパンツルックの女がこちらに向かっていることに気づいた。薄手のコートを着て、肩にバッグを引っ掛けている。


 その整った顔を見て、俺は驚いた。まさか、墓参りの場で会うことになろうとは。


 女は悠然と歩いていた。髪の長さは前に見た時と変わらず、外面も前と同じだ。


 考えてみりゃ、あいつは中学の頃から社会人に見られていたな。テレビのインタビューで派遣社員に間違われていたって激怒していたか。


 これも奇縁か。それとも、あいつが引き合わせてくれたのか。


 女は背筋を伸ばして颯爽と歩いていたが、俺に気づいて足を止めた。


 口が半開きになったところで、俺は手はあげた。


「よう、真理」

「驚いた……。ここで、あなたに会うなんて」


 真理は、文字どおり、目を丸くしていた。クールなこいつにしては珍しい。俺だって、数えるほどしか見ていない。大人になってからははじめてか。


「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「まあね。あなたも落馬したのに、変わらないようで、何より」

「まさか、今日、顔をあわせるとはな。わざと日付をずらしたのに」

「あたしもそうよ。遺族の方とは、顔をあわせたくなかったから」

「そうだった、お前はいつも人より速く動いたな」

「二歩先に出れば、五歩先につく。死んだおばあちゃんの遺言よ」


 口ぶりもまったく変わっていない。


 豪快なようで、細かいところに気がつく女だった。話していて、気をつかっているなと思ったことが何度もあったよ。まあ、その分、俺は突っ込んでいたがな。


 本当に懐かしい。


 墓参が終わるまで待っていなさいと言われて、俺は近くでじっとしていた。五分かそれぐらいだったと思う。


「随分とご無沙汰だったじゃない。ここへ来るのは何年ぶり?」

「六年ぶりだな。最初の一回きりだ」

「あたしは毎年。スケジュール的には、そろそろきつくなってきたけれど」


 真理は腕を回した。男っぽいふるまいもあいかわらずだ。


 高藤真理は、俺の中学時代からの友人だ。入学式を終えて教室に入ったところで、尻に触った触らないで言い争いになって、それからよく話をするようになった。


 一番、仲がよかったのは中学二、三年の時だ。俺ともう一人と真理で、あちこちに遊びに行った。競馬場にはじめて行ったのも、その時だった。


 家でゲームしたり、アホみたいにカラオケで歌ったこともあった。


 進学すると、俺が騎手学校に入ったことあり、つるんで遊ぶというわけにはいかなくなった。それでも地元に戻れば、会って話をしたり、初詣に出かけたりした。


 数少ない友人の一人で、たいがいのことは知っている。


 俺がさんざん女に手を出してフラれまくっていることも、真理が真剣に結婚を考えた相手から別れを告げられて、仕事で見返してやると吠えまくったことも。


 あいつとのトラブルについても、俺の心にちょっとばかり残ってしまった傷についても、知っているのは真理だけだ。


 駐車場に来たところで、真理は周囲を見回した。


「あれ、あなた車は?」

「今日は電車。エンジンがかからなくてよ」

「まだ乗っているの? フィアットX1/9エックスワンナインなんて、骨董品もじゃない。無理しないで手放しなさいよ」

「いいんだよ。気に入っているんだから」

「一度、うちの会社に持ってきなさい。見てあげるから」

「お、さすが外車販売店のマネージャー。助かるねえ」

「あたしのはこっち。乗りなさい。送っていってあげるから」


 連れて行かれた先には、AMGエーエムジーのEクラスカブリオレが止まっていた。ベンツの最高級品だぜ。


 わあ、すごいー。確か川原さんが乗っていたなあ。


 むっちゃかっこいいが、20代の女が乗る車じゃねえぞ。


 俺の表情に気づいたのか、真理は顔をしかめた。


「いいのよ。これぐらい乗っていないとハッタリが効かないの。かといって、あまり高すぎる車に乗っていくと、文句を言われるし。男って面倒くさい」

「へいへい。面倒くさくて、すみませんね」


 さっさと乗り込むと、真理は運転席に座り、車を軽やかに出した。


 しばし無言の時間がつづく。


 話がはじまったのは、高速に入る寸前だった。


「正直、あなたはもう来ないと思っていた」

「俺もそのつもりだったよ。だが、いつまでも引きずっているわけにいかねえからな」

「前に進む気になったの」

「違う。受けいれる気になっただけだ。俺がやらかした、つまんねえ過去をな」


 流れる景色を見ながら、過去に思いをはせる。



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