第15話 デビュー! #4

 慌ただしくチコは着替えてきた。鞍も靴も騎乗用の白いズボンも持ってくるあたりはさすがだぜ。


 鞍を乗せてくれたのは、ミーナだった。足を抱えて、チコをウマに乗せると、笑いながら親指を立ててみせた。


 サムスアップって、こっちの世界にもあるのな。


 手続きはワラフが片づけてくれたので、俺たちは何の問題もなく、コースに入ることができた。返し馬をして、待機所に入ったのは発走の直前だった。


 俺たちが姿を見せると、ヨークが気づいて笑いかけてきた。チコもうなずいて、それに応じる。

 さすがに、表情は硬い。はじめてのレースで緊張しているのが見てとれる。


 大丈夫だって。俺にまかせておけ。一番いいコースを選んで、お前に勝利をプレゼントしてやるからよ。


 合図の声がして12頭のウマがスタートゲートの後ろに集まる。


 といっても、縄が一本、張ってあるだけで、きちんとした発馬機が用意されているわけではない。用意が調ったところで、縄をあげて、いっせいに走り出すだけだ。


 声がかけられて、俺たちは横に並ぶ。


 いちおう、馬番は決まっていて、そのとおりの順番にそろえられていく。


 きれいに並ぶまで、さして時はかからなかった。


 空気が引き締まる。


 行くぜ。スタートだ。


 俺が気合を入れたところで、縄が上に動いた。


 いっせいにウマが前へ出て、馬蹄の轟きが周囲を包みこむ。


 馬群が一団となって、芝のコースを突っ走る。


 先頭に出たのは、一二番だ。気合をつけて、前に出ている。


 その後ろには、五番、ついで三番だ。


 俺たちは、中段の内目。六番手か、七番手といったところだ。


 すぐ後ろに、ヨークのソーアライクがいる。


 第一コーナーに入っても位置関係は変わらない。


 いいぞ。悪くない。このままのポジションをキープして、直線で抜け出す。無理は絶対にダメだぞ。


 俺が前後左右を確かめている間に、馬群は向こう正面に入る。


 レースは2000ネガブだから、コースを一周して、第一コーナーに入る寸前がゴールとなる。今は、その中間。


 先頭は一二番のまま。まずまずのペースで、ラップを刻んでいる。

 うまいが、勝ちたいのならば、もうちょっと速度を落とすべきだったな。できたはずなのに、やらねえのは騎手が新人だからか。前しか見ていねえ。


 それに、二番手のウマ。そいつも早めにからみすぎだ。


 まあ、そのおかげで、俺たちは助かるんだがな。


 馬群は縦に長くなって、三コーナーに突入する。


 外から三番のウマが行って、先頭に並びかける。


 あわせるようにして、後続が姿を見せる。六番は、ソーアライクほどではないが、なかなかの有力馬だ。


 行かせると面倒だ。


 三コーナーの中間点から四コーナーにかけてで、俺は前に出る。


 ねらいは外の一点。五番と三番の間に隙がある。そこを突いていけば、無駄なく先頭に立てる。


 俺は後脚に力を入れて、大地を蹴る。


 外目をあがっていこうとするが……。


 それをチコが押さえた。手綱を巧みに振って、馬群にいろと指示を出してくる。


 おい。何を言っている。ここで行かなきゃ抜け出せねえぞ。


 イン側は詰まる。絶対にまずい。


 強引に行こうとするが、チコは認めなかった。手綱をうまく操って、内側に俺を向けようとする。


 まずい。ここで、逆らうわけにはいかねえ。


 力を消費するし、第一、無駄が多い。


 くそっ。チコ、何を考えている。


 そうしているうちに、馬群は四コーナーを曲がっていた。俺たちは外から来たウマに押し込まれるようにして、直線に飛び込む。


 12番が力尽きて、変わって5番が先頭に立つ。

 ついで六番だ。騎手が激しく鞭を振るって、ウマをあおり立てる。

 5番もそれに並んでいる。一気に前に出る。


 こっちは行き場がない。駄目だ、終わる。


 俺が顔をしかめたところで、不意に眼前の情景が変わった。

 下がった12番に次いで、五番のウマも力尽きて行き足が鈍る。

 逆に6番のウマはさらに前に出て突き放そうとする。


 3番もそれにならったおかげで、壁のようになっていた馬群にずれが出た。


 内側の一頭分がきれいに開く。


 それを待っていたかのように、チコがゴーサインを出した。思いきり手綱を振り、鞭を一発、尻に振りおろす。


「行け!」


 合図を受けて、俺は身体を沈めた。後脚で思いきり芝の大地を蹴りあげる。


 空気を切り裂いて、一頭分の隙間に身体をねじ込む。


 6番のウマとぶつかるが、かまってはいらねえ。怒りで相手は加速するが、こっちはさらに上だ。並ぶ間もなく、一気に抜け出す。


 チコは、馬上で激しくアクションして、俺の首を押す。

 その動きにまったく無駄はない。しなやかで、美しい。


 やべえ。楽しい。


 走るのが、こんなのに面白いとは思わなかったぜ。


 スピードがあがると、テンションもあがる。乗っているときとはまるで違う。自分が風になったかのようだ。


 景色が後ろに跳んでいく姿が快感だ。たまんねえ。

 もう少し、もう少し走っていたい。


 俺はチコの動きにあわせて、さらに首を前に倒す。


 それがまさに頂点に達しようとした時、俺たちはゴールを駆け抜けていた。


 一着だ。


 他のウマを突き放しての快勝。

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