第14話 デビュー! #3

「おい、どういうつもりだ。あんな風に蹄鉄を変えるなんて。どういう仕事をしているんだ」


 ミスジはミーナをにらみつけた。


「勝手なことをしやがって。とんでもなく走りにくくなっている」

「この子、足が内向きなんです。爪の負担を減らすために、新しい蹄鉄にしました」


 ミーナは正面からミスジを見ていた。


「ちゃんとワラフさんの許可は取っています」

「そのせいで、駄目になった。これじゃ勝てん」


 ミーナが驚いてチコを見る。すぐにチコは首を振った。


「そんなはずはありません。前よりも乗りやすくなっています」

「騎手の俺が乗りにくくなったって言っているんだ。おかしくなったに決まっている」


 ミスジは吠える。


 なんだ、こいつ、わかってねえな。お前はコーナーを回る時、右に体重をかけすぎるんだよ。ウマに負担をかけるぐらいにな。


 これまでは、俺の足が内向きだったから、気にならなかったが、まっすぐになってストライドが伸びるようになったから、うまくバランスを取れなくなった。


 走りがきれいになったことに気づかずに、前のイメージだけ引きずって悪くなって感じているんだよ。


 そんな調整もできねえのか。どうしようもねえな。


「大丈夫です。この子はよくなっています」

「私も装蹄師として保証します。レースに持っていけば、前よりもぐんと乗りやすいはずです」


 チコとミーナに押されて、ミスジの顔は真っ赤になった。


「ふざけるな。俺は騎手だぞ。男爵様に選ばれて、乗っている。貴様らとは立場が違うんだ。文句を言うなんて、生意気な。身分をわきまえろ」


 ミスジは、ミーナに詰めよった。


「だいたい、何だ。お前は、女のくせに装蹄なんぞに手を出しやがって。頭も力も足りねえんだから、男の帰りを待って、家でおとなしくしていればいいんだよ」

「な……」

「それとも、何か。お前の、そのでかい胸で、あの爺を落としたのかよ」


 ミスジの指がミーナの胸をつつく。


「まったく、娘の知り合いに手を出すとは、人の……」

 ミーナが腕を振りあげる。その手が顔をひっぱたくべく振りおろされるが……。

 それよりも早く、ミスジは横に吹っ飛んで、地面にひっくり返っていた。


「あ」


 ミーナが俺を見た。


 ふふん、どうだい。やってやったぜ。


 頭にきたから、思いきり尻を振り回してやったぜ。


 さすがに、ウマの尻で吹っ飛ばされては耐えられまい。


 まったく言うに事欠いて、最低のエロネタを持ってくるんじゃねえよ。


 少しはチコの気持ちを考えたら、どうだ。やっていいことと悪いことがあるぜ。


 あとな、女の胸に手を出すな。セクハラもいいところだぞ。


 いいか、あの巨乳を触っていいのは、俺だけ。俺だけなの。


 少しは反省しろ。


 俺が見おろすと、ミスジはあおむけになったまま動かなかった。


 あれ、白目を剥いている。


 口元からは泡も吹いているような。


「ミスジさん、大丈夫ですか。ミスジさん」


 チコが駆けよって顔を叩くも反応はない。手の指が細かく震えている。


 しまったあ、やり過ぎたか。


 結局、ミスジは目をさますことなく、救護室に運び込まれた。


「なんてことをしてくれたんだ。このへぼウマめ。お前のせいで、乗り手がいなくなったぞ」


 男爵様が詰めよってきたが、俺はそっぽを向いた。


 しらんよ。そんなこと。悪いのは、あっちだものな。


「お前もだ、ワラフ。人に怪我させるとは、どういう調教をしているんだ」

「それは申し訳なく思っています。ですが、聞いたところによると、ミスジはこの馬の横で騒ぎたてていたとのこと。相当に大きな声を出して、女性に詰めよっていたようです」


 ワラフは俺の首筋をなでた。


「それに怯えたのでしょう。繊細なウマですから」


 おう。そうよ。俺はナイーブなの。そういうことにしておいてくれ。


「ウマにかかわる者ならば、近くで大声を出すのがよくないのはわかっているはず。その禁忌を犯したの、ミスジにも問題はあります」


 男爵は口をパクパクさせたが、怒りの言葉は述べなかった。大きく息をつくと、俺とワラフを交互に見つめる。


「わかった。で、レースはどうする。乗り手は他にいないのだろう」

「はい。探すにも時間がありません。ですから……」


 ワラフはチコを見た。


「チコ、お前が乗れ」

「え?」

「鞍は持ってきているな。急いで準備だ。ミーナにも手伝ってもらえ」

「あ、えっと」

「ちょっと待て。こんな小娘に私のウマをまかせるわけには」

「他の騎手を探している時間がありません。すぐに、騎手変更を申し出なければ、出走辞退とみなされます」

「だが……」

「それに、この馬に一番、乗っているのは、チコです。よいところも悪いところもよく知っています。他の騎手に、癖まで教える余裕はありません。ならば、最大限に力を発揮できる可能性に賭けるしかないでしょう」


 おお、思わぬところでチャンスが来たな。こんなことなら、早々に振り落としてしまえば、よかったぜ。


 男爵はしばらく口元に手をあてて考え込んだ。チコを見たのは、少し経ってからだ。


「どうだ。やれるのか」


「やれます。必ず勝たせてみせます」


 チコが言い切るのを見て、男爵は渋い表情を浮かべながらもうなずいた。


「仕方ないな。その娘で行くか」


 やったぜ、チコ。これで走れるぜ。




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