第13話 デビュー! #2
「誰が乗るの?」
「ミスジさんだよ。昨日も調教に乗っていた」
「そうなんだ」
結局、騎手は変わらなかった。男爵は当然のように、あの下手くそを選んだし、ワラフも異議を唱えることはなかった。
「じゃあ、また後で。ミーナも来ているだろう。いっしょに食事でもしよう」
ヨークは手を振って、さわやかに立ち去った。
すぐに女が歩み寄ってきて、話しかけてくる。ものすごい美人で、何とも腹立たしい。思いきり、にらみつけてやったが、まるで堪えていないようだ。
チコは俺を見あげると、引き綱をかけ、連れだって歩きはじめた。
「行こう。そろそろ検査だよ」
その声は、どことなく沈んでいるように思えた。
時間になると、その日のレースがはじまった。まずは一度も勝ったことのないウマの戦いだ。この間、俺が出たやつで、まあ、走っているのは雑魚ばっかりだね。
ていうか、あれを勝ち抜くのに九戦も要したっていうのはどういうことかね。
俺が転生してからは三戦しかしておらず、そのうちの一戦で勝利した。その前はどんな戦い方をしていたのか。
よっぽど調整が悪かったのか、それとも他に理由があったのか。
またたく間に午前中のレースは終わり、そろそろ俺が走る頃合いとなった。
チコとワラフは話しあって、俺を装鞍所に連れて行く。そこには、男爵様とあのへぼ騎手が笑って話をしていた。
ミスジは、青地に赤い星を散らした服を身につけていた。タクマニン男爵様の勝負服で、まあ、そこそこに目立つ。
他のウマもすでに、装鞍所に来ていて、騎手や調教師、馬主が集まって、思い思いに話をしている。
まあ、施設の整った俺たちの世界と違って、集まる場所は野っ原だ。日当り良好で、風もびゅうびゅう吹きぬける。それでも自然を感じられるのは悪くないね。よくできた建物の中で、仕事をしていると勘が狂うんだよ。
右手側に、ヨークの姿がある。すでに勝負服を着て、馬主と話をしている。
あれがクリソン侯爵か。格好がいいせいか、よく目立つ。
ナチュラルに家臣を連れている連中を見ると、いろいろとビビるよ。こう、格差ってものを目の当たりにする。なかなか、俺の知っている世界では、お目にかかれない代物だ。
ふと、視線を移すと、栗毛の馬が視界に入った。
四肢がまっすぐで、トモも発達している。胸前の筋肉も十分で、いかにも走りそうだ。
あれがソーアライクか。なるほど、有力馬と言われるだけのことはある。
他のウマもざっと見たが、あいつほど目立つのはいない。
ライバルは、一頭とみてよさそうだ。
俺が回りを見回している間に、ワラフが男爵と話をしていた。ウマの調子について男爵が尋ね、それについて淡々とワラフが答えるという流れだった。
ああ、調子はいいぜ。思ったよりも疲れはない。前走よりも身体が軽いぐらいだ。
その横では、チコがミスジに、俺の癖を説明していた。
「蹄鉄が変わって、足さばきが今までとは違います。加速すると、思いきり足を前に伸ばして進んでいきますから、それに合わせて追ってください」
「わかっている。何年、俺が騎手をやっていると思っているんだ」
「ですが、ネマトンプの競馬場は小回りです。これだけフットワークが大きいと、加速に手間がかかります。スピードに乗り切る前に、ゴールしてしまうかもしれません」
「それぐらい、俺の腕で何とかする。まったく、わかっていることなんだから、ここにあわせて、うまく調整しろよ」
何だと。ふざけるな。
馬鹿なことを言うなよ。
ウマが最大限の力が発揮できるように仕上げるのが、スタッフの仕事だろうが。その点、ワラフもチコもよくやったよ。
今度は、レースの場で、お前がその能力を引き出すんだよ。
癖も何もかもつかんだ上で、どうやったら無駄なくマックスの実力が発揮できるか考えて、実際のレースに臨むんだよ。展開も読んで、位置取りも頭にのっけってな。
何が、調整しろだよ。調整が必要なのは、お前の頭だ。
俺が思いきりいなないて、首を振ったので、あわててチコは引き綱を引いた。
「あ、こら、駄目だってば」
「ふん。ちゃんとレースで走れるようにしておけよ。俺の邪魔をしたら、承知しないからな」
誰が、おめえの言うことなんか聞くかよ。バカ、バーカ。
とはいうものの、現実のレースになったら、バカを背中に乗せて走らなければならない。レース直前、鞍をつけられ、俺は、バカを乗せて、コースに向かった。
ネマトンプ競馬場は一周1500ネガブで、陸上のトラックと同じような形になっている。コースは芝の一つだけ。
柵は木製で、ぶつかったら痛そうだ。
起伏はほとんどない。三コーナーから四コーナーにかけて若干、下がってあがるが、それでも一メートルとないと思う。
福島競馬場に似ているな。
びゅんと先行して、そのまま押し切ってしまうのが吉か。
そんなふうに思っていたら、コースに入る直前、ミスジが俺から降りた。ワラフの元に駆けよると、険しい顔で何か詰めよっている。
珍しくワラフもキツイ表情で言い返していて、あらら、あまりよくない雰囲気だな。
二人のやりとりを見るチコに、やわらかい声がかかる。
「どう調子は?」
顔を向けると、ミーナが笑顔で歩み寄ってくるところだった。革の服の上から白衣を着て、腰には装蹄用の道具が吊してある。
朝早くから競馬場に着ていて、ちょっと前に俺の蹄鉄の調子も見てくれた。
「きっちり仕上がったみたいね。今日は走りそう」
「あ、うん」
「どうしたの? 妙な顔をして」
「ほら、あそこで何か話をしていて」
チコが顔を向けると、ミーナも二人に気づいて目を細めた。
「何を話しているんだろう」
「よくわからない。おじいちゃんがあんな顔すること、めったにないんだけど」
しばらく二人が見ていると、ミスジがこちらに顔を向けた。すぐに、目を吊り上げて、こちらに迫ってくる。
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