第10話 草原の国の装蹄師 #2

 ウマは裸足で走るわけではなく、爪に鉄を打ちつけてレースに出す。それが蹄鉄だ。裸足でも走れないことはないが、あっという間に爪が割れて駄目になる。それにうまく力を地面に伝えることができず、まともに勝負することすらできない。


 その蹄鉄を打つのが装蹄師で、もちろん俺たちの世界にもいる。


 俺も何回か蹄鉄を吐かせる作業を見せてもらったけれど、いや、すごいね。うまい人だと、すっと足をつかんで作業しちまう。


 昔は釘を打ったけれど、今は接着剤で貼りつけることが多いから、まあ、あまりハンマーを振るったりはしないんだけど、それでも手際はあざやかだ。気づいた時には、四本の足の蹄鉄を打ち終えていたなんてこともある。


 装蹄師が変わると、ウマの乗り心地が変わることもある。


 五年前に乗っていたミサイルパワーってウマは、しょっちゅう怪我をしていて、能力は高いのに、レースで結果を出せない状態がつづいていた。


 それが装蹄師が新開発の蹄鉄をはかせた途端に、ぐんぐん成績があがって、G3のレースを制するまでになった。地方の大レース、いわゆるダートグレード競争にも参戦して、当時の最強馬をあと一歩のところまで追いつめた。


 俺も東京競馬場で乗ったけれど、直線に入ると、きゅんと伸びるのを感じて、やっぱり装蹄師すげえと思ったね。


 知り合いの調教師も、ベテランの装蹄師と一時間も二時間も顔をつきあわせて議論していたよ。それだけ大事ってことだ。


 で、ようやく話は戻って、こっちの世界のことだが。


 やっぱり蹄鉄はあった。当然だよな。軍馬にだって必要なんだから。


 さすがに、俺たちの世界より質は悪くて、すぐにすり減ってしまうが、それでもちゃんと数はそろっているし、頃合いを見て、装蹄師が打ち替えに着てくれる。


 ワラフの厩舎にも出入りの装蹄師はいる。


 まあ、あまり腕はよくないがね。


 だって、力が入らねえんだから。ずれた靴を履いているようなもので、いつでも違和感があった。


「蹄鉄次第で、何とかなると思う」

「わかるんだ」

「乗ったからね」


 俺の背中に乗って、胸をぴったりあわせたのは、身体のずれを計るためだった。


 何だよ、のぼせあがっていたのは俺だけか。まったく仕事熱心なことで。


「実力を発揮させたい。何よりも怪我をさせたくない」

「このままだと、うまくない?」

「うん。足の筋肉を痛めると思う」


 おう。それは、よくねえな。ウマの筋肉はすぐに痛む。屈腱炎や繋靭帯炎になったら、致命的だ。


 俺ももう少し走っていてえよ。軍馬としてこき使われるのは嫌だね。


 チコはしばらく俺を見ていた。その手が軽く首筋をなでる。


「わかった。じいちゃんに話はしておく。っていうか、いっしょに行くから、そこでをしなよ」

「うん。わかった」



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